3話 ギルドにて


 翌朝、エクレアの団長室にて。


 ジオはエクレアの団員一同と共に、団長アサヒが1年間不在にしていた経緯を聞いた。


 アサヒが言うには、1年間の不在は瘴気の森でのクエスト中に転移の罠を踏み、未開の地へ飛ばされたことによるものであると。

 その先にマザークリスタルがあったために生き延び、行きと同様に転移の罠を見つけて帰って来れたが、行きと帰りのどちらかの罠に時間も転移させるものがあったようで、一年経った世界に戻ることになったと。


 引っ掛かる点もあるが、アサヒが言わないのは何かしらの理由があってのものだ。

 とりあえず話を先に進めた。


 次に木箱少女ディアについてである。

 アサヒは木箱をひっくり返しディアを放り出した。

 幼い顔を歪めた仏頂面でディアが自己紹介しようとしたその時、エイトは砲弾のように飛んでいた。


「おっきいおっぱいだーーーーーーーーー!」


 エイトの両手がまあるい膨らみを鷲掴む前に、その頭にアサヒの鉄拳が炸裂した。

 今もエイトは壁にめり込んでおり、木箱ディアは部屋の隅で震えている。


 完全に心を閉ざしたディアに代わり、アサヒが続けて紹介した。

 ディアはアサヒと従姉妹の関係で、赫眼を持っているために隠匿してきたと。

 その居場所が周囲にバレそうだったために、エクレアに連れてきたと。


(やっぱり、アサヒはディアちゃんが学術領から不法入国していることは僕以外には言わないんだな)


 王国に不法入国がバレた時の地獄行きは、本人ディアと支援者アサヒ、そしてそれを知る自分の3名で決定した。




 最後にゼフィール王との取り決めについてである。


「ひどいワン!」


 話を聞いて、副団長シバは悲鳴を上げた。


「アサヒがいない間、シバが一生懸命ギルドを守ってたのに! ギルド戦に優勝できなかったら、エクレアはゼフィールの所有物で、アサヒは絶対服従!? そんな取り決めを容易にするなんてあんまりだワン!」


 半泣きで責め立てるシバの前で、アサヒは無言で正座している。


「シバ、落ち着こう。ゼフィールもその条件じゃないと納得しなかっただろうし、アサヒも団長として仕方なかったんだと思うよ」

「だからと言って、迂闊過ぎるワン!」


 ギルド戦はその期間に稼ぐメンバーの総額で、人数が多いギルドが有利となる。大御所ではメンバーは200人を超える。

 すなわち、人間と動物を入れて10名程のエクレアは、圧倒的に不利な状況なのであった。


「それでも足掻く余地があるだけまだマシさ。アサヒが来なかったら、今頃エクレアはゼフィールの所有物になっていたかもしれないんだから。ギルド戦が始まったらできる限りのクエストを掛け持ちしよう。素材も多く集めて売りに出せばそれなりの資金にもなる。アサヒもいるし、勝機はまだあるよ」

「むぅ……」


  シバを宥めながら、逆立ったもふふわな毛を撫でる。


「……それで、ジオは何をしているワン?」

「いや、シバが僕やギルドを大事にしてくれているのがなんか嬉しくて」

「シバに気安く触らないでほしいワン! ゼフィールの前でのことはギルドを守るための演技! ただの時間稼ぎだったんだワン! ジオのことなんてこれっぽちも全く全然好きなんかじゃないワン!」

「……わかったよ。でもそんなに嫌わなくてもいいじゃん」


 ジオはシバを撫でるのをやめて立ち上がった。

 その足元でシバが尻尾を垂らして落ち込んでおり、ベヒーモスが「馬鹿でござるな」と鼻で笑ったことを、ジオは知らない。



 アサヒが一通りの説明を終えた。


「ジオ。フェニックスから右腕が魔物化したと聞いた。どんなものか見たい」

「……わかった」


 アサヒに言われ、 ギチギチに固定していた手のベルトを外し、腕に巻いていた布を解く。

 皆の前に、黒い鱗状の皮膚に鉤爪となった右腕を晒け出した。


「あれ?」


 直ぐに部屋の隅にいるディアから訝しげな声が上がる。


「ディアちゃん、どうしたの?」

「……」


 声をかけるもディアの反応はない。まるでただの木箱になったかのようだ。

 アサヒもまた険しい顔で、魔物化した右腕を見つめている。


「アサヒ、ディアちゃん、どうしたの? この腕のこと、何か知ってるのかい?」

「……いや、知らないな。ディアのあれは思考集中モードに入っているだけだ。ディアは研究者でな。あの木箱の中で、お前の腕の正体を全力で考えているんだろう」

「そうなのか。僕の腕の正体を……」


 少し考えた後、意を決して口を開く。


「それならディアちゃんに是非とも僕を研究してもらいたい。瘴気を吸うと異様な力を感じて、その力を使うと魔物化が進んでしまうようなんだ。この現象の特性と正体を少しでも知りたい。だからディアちゃん、頼めないかな?」

「……」

「あのモード中のあいつに何を言っても無駄だ。だが、絶対に断りはしないだろう。思考集中モードが解けたら、俺から話しておこう」

「ありがとう、アサヒ!」


 一際明るい声が出る。

 魔物化した右腕が仲間を襲わないかと陰鬱とした気分が続いていたが、希望が見えた気がした。


「アジュ。ということで、ギルド戦が始まるまで僕は魔物化の研究に集中する。しばらくクエストは同行できそうにない。ごめんな」

「何もだよ。クエストよりもジオさんの方が大事だもの。何か手がかりが掴めると良いね」


 アジュが扉の隙間から答える。


「あの女、アジュと言ったな。ついにギルドに入団したのか」

「あ、うん。僕が目覚める一月前にエクレアに入団したんだ。ついに、と言うことは、アサヒは前からアジュを知っていたの?」

「……まぁな。あの場所で何してるのか疑問を抱かないあたり、お前の鈍感も相変わらずのようだな」


 アサヒとブッチが顔を見合わせ苦笑する。

 どうやら二人は以前からアジュを見知っていたらしい。

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