27話 回想⑤ Dear


(そうか、アサヒ君が連れて行ったのか……。私達の娘を、希望を……君が繋いでくれたのか……)


 ディアがこれからも生きていられる。

 そのことに安堵したためか、ジャスティンは鮮明に思考できるようになっていた。

 苦しげに息をするイグナと見つめ合う。


(イグナ、研究所に火をつけたのは君だな。あの子達の居場所をレーベル達に知られないように、あの子達の痕跡を消した。そうなんだな?)


 故にレーベルは何も話さないイグナから自分に狙いを移し、屈服させようとしていたのだ。

 全てはディアの居場所を吐かせるために。

 ならば、やることは一つである。

 

 「ゴホッ」とイグナが血を吐き出した。


「ジャスティン……さい、ごに……ジャスティンのかっこいいアレ……みたい……」

「ははははっ。私の妻は心底可愛らしいなっ……」


 妻をそっと横たえて、涙でぐちゃぐちゃになった自分の顔を袖で拭う。



 これからすることが怖くないと言えば嘘になる。



 だが、今だけは真っ直ぐに立て。



(こいつらはディアの赫眼が正常に開眼したと思っている。これは必ずあの子達の切り札になる! だから今は……!)



 笑え!



 ジャスティンは不適な笑みを浮かべて、レーベル達に向き直った。



「我が真名はジャスティン。混沌カオス探究者ファイターであり、愛妻イグナと愛娘ディアの父親ナイト、ジャスティンだッ!」

「ジャスティン教授、さてはアナタ狂いましたね」

「貴公に言われたくはないね!」


 狂人に狂人に扱いされた狂人レーベルは「はて?」と首を傾げる。そのまま首をゴキっと直角に曲げた。


「……で、REC327号は何処です?」


 部隊が光線銃を向けてくる。

 ジャスティンは白衣のポケットに手を入れたまま、笑みを崩さない。


「……そのポケットに入っているものは爆弾ですね」

「察しが良くて助かるよ、レーベル卿。これは、強力な電磁波を放ちながら一帯を爆散する兵器スーパーノヴァ、ジャスティス15号の起動装置だ! 本体の一つは赫眼培養装置に仕掛けてある。もう一つは非常に残念なことに時間がなくてね、そのまま持って来てしまった」

「ハアアアアアアアアアアアアア!!??」


 レーベルは頭を抱えて発狂した。

 地面に繰り返し頭をぶつけ始める。


「赫眼培養装置を爆破するですって!??? 長年に渡る研究の賜物を!? 世紀の開発を!? 人類の希望を!? アアアアアアナタという人はアナタという人はアナタという人はアアアアアーーー! 死ぬならひとりで死んでください! 学術の宝までアナタの矮小な命の道連れにするんじゃないですよこの迷惑な狂人がアアアアアーーー!!」


 どうやらレーベルにとって目の前に爆弾があることよりも、赫眼培養装置を破壊される方が許せないらしい。

 赫眼培養装置は複雑であり、復元は難しい。

 それを破壊できれば、しばらくはディアのような赫眼を持つ子供はつくれなくなる。


(私がしてきたことに比べれば罪滅ぼしにもならないがな……)


 一心不乱に研究し、数々の兵器を開発してきた。

 まるで世界を守る正義のヒーローにでもなったかのように。

 でも実際は違った。


 ジャスティンは起爆装置を指にかけたまま、もう片方の手を額にやった。

 子供時代憧れた、漫画の悪役を真似た格好である。


「『なるほど、どうやら私はこれまでのようだ』。だが、諸君、ゆめ忘れるなよ。私達の意思は不死身。必ずや私の最愛が夜明けと共に此処に戻る。学術領の闇もこれまでだ!」

「ジャスティンンンンンン……!!!」


 レーベルが「ガガガガガガ!!」と尋常ではない歯軋りをし、様子見をしていた部隊が急いで後退を始める。


 ジャスティンは最後にイグナを見た。

 イグナは、すでに絶命していた。


(イグナ、見たかったものは見れたか……? 君は本当に凄い人だ。瘴気液の激痛は大の男でも殺せと懇願するほどだ。なのに、君は最期まであの子達の行方をレーベル達に言わなかった。私も君の後を追う。花束を持って会いに行くよ。なに、私達がいなくてもあの子達なら大丈夫さ。なんせ、あの子は私達の……)


 途端に娘と妻と過ごした4年間が走馬灯のように溢れだし、涙を堪えられなくなる。


「……たとえ死んでも私は忘れない! 我が娘ディア、妻イグナ、君達との時間を! 我が愛は永遠にして不滅! 何億年経っても私は君達を愛してる! 君達だけを、ずっと愛し続けるッ!!」


 ジャスティンは爆破装置を起動した。


 自分達の大切な娘を奪ったのだ。いい加減なことをしたら呪い殺してやるぞ、とあの少年に心の内で付け足して。

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