28話 回想⑥ 成り行き任せはやめる

 アサヒ、10歳。


 少年アサヒは実力領への道中を歩いているところであった。


「わー!」


 右肩に担いでいる木箱から幼女が顔を出した。


「わー」

「ふふふ、どうです? びっくりしました?」

「したした」


 本日何度目かの反応をディアに返す。

 壊れていても赫眼を誰かに見られたら厄介なことになるというのに、良い気なものである。


「お父さんとお母さん、今頃わたしがいなくてびっくりしている頃でしょうか」

「許可なく抜け出してきたんだぞ。激怒している方が可能性としては高い」

「心配は無用です。怒ったとしてもお父さんはわたしに甘いので、泣いて謝れば許してくれます。お母さんも数で押せば折れるのです」

「へぇ、そんなことも考えれるのか。お前意外に悪い子だな」

「アサヒさんほどではないです」


 その通りなので、「まぁな」と適当に返す。


 ディアは赫眼の使命に失敗したため学術領に入国できず、当初両親と共にキャラバンへ行く予定であった。

 だがそれでは共に世界征服するという夢が果たせなくなる。

 そのため、アサヒはディアを木箱に入れて、研究所からこっそりと連れ去ったのであった。


『確かにわたしが実力領へ行けば、わたしは実力領で研究を続けられるし、お父さんとお母さんも学術都市で暮らすことができますね』


 とのことで、ディア自身も納得している。


 さすがに行き先を知らせずというのは気が引けたようで、ディアが置き手紙を残した。


『お父さん、お母さん。

 突然ですが、アサヒさんと世界征服

 することになりました。

 わたしは実力領へ行きます。

 お父さんとお母さんも学術都市で

 お仕事頑張ってください。

 ずっと大好きです。

             ディア』


 手紙を書いてる最中も今も、ディアは始終楽しそうである。


「最後の手紙の一文は我ながら会心の出来ですね。さも一生懸命書いたような幼さのある演出をしてみました。これならばお父さんもお母さんも怒るに怒れないでしょう」

「悪い子だな」

「アサヒさんほどでは……」

「はいはい」


 喋っていると、実力領の長城が見えてきた。


「あれが実力領ですか。今時煉瓦造りの壁とはなんだか古臭いですね」

「ここでこんなこと言ってたら中で住めないぞ。電気も機械も何にもないんだからな」

「実力領に行ったらどういう風にします?」

「ひとまずは西部の実家に行く。だが、親父のような凡夫を巻き込むものではない。直ぐに家を出て人気のないところに拠点を移そう。前の大会での賞金が5000万Gはあるから、それを使うか」


 あれこれ考えていると、幼女が怪訝な視線を向けていることに気づく。


「何だよ」

「研究所から連れ出してくれたことといい、家のことといい、アサヒさんがここまで積極的に行動するのが意外なのです。アサヒさんって川の流れのままに漂うところあるじゃないですか」

「人を葉っぱみたいに言うな」

「では何故ですか?」

「別に。そういうのやめようと思っただけだ」

「そのきっかけって、わたしの?」

「さあな」


 「ふふふ」とディアがニヤつく。


「んふふふふふふふふ」

「楽しそうでなによりだ」

「そんなことないですけどー。でもここまでしてくれたお礼はしっかりしなきゃですね。そうだ。わたし、アサヒさんならお嫁さんになっても良いですよ!」

「お前のようなガキにそういう興味はない。礼は気にするな」

「……そ、そうですか……」


 首をがっくりと垂れて、幼女が木箱の中に消える。

 この何気ないやりとりをディアが生涯『振られた』と認識し続けることを、アサヒは知らない。



 アサヒの視界を見覚えるある一羽のはとが横切った。


「ペルセウス2号か」

「え、着いてきてくれたのですか!? わぶ!」

「顔を出すな。実力領が近いんだぞ」


 顔を出そうとするディアを、木箱の蓋を押さえて止める。

 鳩ペルセウス2号のくちばしに黒いものが見えた。

 あれは、焼け焦げた木の欠片である。


「……」

「アサヒさん?」


 ペルセウス2号はそれを見せると、くるっと旋回し、離れて行った。


「あ、逃げた」

「えー!? ペルセウス2号の薄情者ー! わたしを置いていくなんてひどいのですー! 一体ここまで何しに来たんですかー!?」


 ディアが涙声で訴えるが、遥か上空にいる鳩には聞こえるはずもない。


 以降、木箱が置物のように音沙汰しなくなる。

 中ですっかり塞ぎ込んでしまっているのだろう。

 木箱からは負のオーラが滲み出ていた。


「……さて、行くか」


 少年アサヒは木箱を担ぎ直し、実力領への道を行った。


 後戻りできない決断の重さと、小さな少女の重さを、しかと肩に感じながら。

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