26話 回想④ ジャスティンとイグナ ※閲覧注意


 その男、ジャスティンは4歳の娘ディアと妻イグナとの3人暮らしであった。


 その日、ジャスティンはディアの赫眼かくがんが壊れたと知り、最後の務めを果たすために街で動いていたが、それを途中で投げ出し、出張研究所へ急いで戻っていた。


 学術領の女王プラリアナの部隊が、出張研究所へ向かったとの話を聞いたためである。



 自宅である研究所に着いて唖然とする。

 研究所が炎に包まれていた。


「私の研究所が燃えて……!? 何なんだ、一体何があったんだ!?」

「おめでとうございまーーす!!」

「!?」


 瞬間、場違いに浴びせられたのは盛大な拍手と歓声。

 研究所の前に構えていた武装した部隊から、自分へと贈られていた。


「魔力工学担当ジャスティン教授! あなたは見事RECアールイーシー327号の開眼に成功しましたーー! おめでとうございまーーす!」


 白衣を身に纏った仮面の男が話しかけてくる。両目が縦、口と鼻が歪に描かれた悍ましい仮面であった。


「君は女王プラリアナの側近レーベル……! ディアの赫眼を開眼させたとは何のことだ!?」

「ディア? ああ、あなた達はREC327号にそのように名付けていたのでしたっけ。わざわざ言わなくても良いでしょ〜? ジャスティン教授ったら意地悪なんだから〜!」


 身をクネらせていた男がピタっと止まる。


「……我が君、学術領聖王プラリアナ様がREC327号からの異質な魔力を検知したと申しております。赫眼が開眼したのです。速やかにREC327号を管理棟へ連れ戻し、使用時期まで冷凍させて頂きたく存じます」

「ディアを冷凍するだと!?」

「簡単には受け入れられませんよね。お気持ちはお察しします。あれは肉体的にも精神的にも苦しい研究でした。赫眼細胞から配偶子を作成し、『Red Eye's Children』を培養槽で育成するまでは良かった。しかし、何故かそのどれもが開眼に至らなかった。プラリアナ様は開眼できずに赫眼に食い殺されていくREC群を見て、それはもう胸を痛めて、胸を痛めて……」


「アアアアアアア!!」とひとり号泣する狂人を、ジャスティンは呆然と見ることしかできなかった。


「……失敬。ワタシ、でしてね。職業柄、相手の気持ちを自分のことのように感じてしまうきらいがあるのです」


 レーベルがハンカチで仮面の下を拭い、続ける。


「最初はね、アナタに対する批判も多かったのですよ。プラリアナ様の赫眼細胞を分け与えた大切な実験体を、危険極まりない外に連れ出すなど、対象の寿命を無駄に消耗するだけだ、とね。しかし、正しいのはアナタだった」

「何が……」

「愛ですよ!! 対象と赤子の頃から家族ごっこを通すことで、対象にあたかも自分に家族がいると錯覚させる! その家族のために赫眼の使命を果たそうとする対象の感情が、愛がっ!! 赫眼を開眼させる奇跡を引き起こしたのです!! ああ゛美しい美しい美しい美しいうづぐじい゛ーーー!!」


 レーベルは体を左右に振って荒ぶり、最後に海老反りになって静止した。


「……違う。私はただ、イグナとディアと……そうだ、イグナは、妻はどこにいる!?」

「イグナ教授ですか? 彼女ならそこで」


 レーベルが手を挙げると、部隊が左右に分かれる。

 その間に血まみれのイグナが横たわっていた。


「まもなくお亡くなりになるところですけど?」

「そ、んな……イグナ……」


 ふらつきながらイグナへ歩み寄る。

 彼女の衣服から見える肌は黒く壊死しており、顔の穴という穴から流血していた。


「医学担当イグナ教授はこちらの質問に答えて頂けなかったので、僭越ながら『瘴気液』を注射させて頂きました」

「瘴気液? まさか……!」


 レーベルがバキバキバキッと首を鳴らして解説する。


「【瘴気液】瘴気の成分を調合したもの。

 瘴気液を注入された対象は、直ぐに全身の激痛と出血を伴い、体を内部から腐食されていく。

 副作用:死に絶えるまで感覚が鋭敏となる。

 というものですかね」


 体の内部で暴れる高濃度の瘴気液は、クリスタルで浄化することもできない。

 つまり……

 瘴気液を投与されたが最後、死は確定する。


「う、あああああああああっ!!」


 ジャスティンはイグナを抱いて慟哭した。


「アアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 何故かレーベルも慟哭する。


「ああ! うあああ! イグナ、イグナ、どうして、どうしてこうなってしまったんだ! 私は、君と、君とディアと、少しでも一緒にいたかった、だけなのにッ……!」

「アアアアアアアアアアアア!! 悲じい悲じい涙が止まらない゛ィィィー!!」

「私がやってきたことは間違いだったんだっ! ディアを外に連れ出したのも、イグナに妻役を頼んで巻き込んだのも、家族として4年間過ごしたのもっ! 私のただの自己満でっ! 誰のためにもならなかったんだっ!」


 周りで奇声を上げながらもんどり打つレーベルが気にならないくらいに、ジャスティンはただただ絶望を叫んだ。


「……ジャスティン……それは違う……」


 腕の中でイグナが掠れた声で囁く。

 妻の顔を見ると、色はなく、ゼーゼーと死の喘鳴が現れていた。


「何がだ? 君はもう助からないのに……。君は私を置いて、死んでしまうというのにっ……」


 イグナの血まみれの顔に自分の涙が落ちていく。

 イグナは苦しげに唾を飲み下すと、辿々しく声を発した。


「……血も涙もない……研究だけだった私を……あなたはただの母親にしてくれた……あなたのおかげでディアも……物凄く感情豊かに育って……4年間があっという間……楽しかった……」


 言った後、イグナは精一杯の笑顔をつくった。

 体を内部から腐食される激痛はあるはずなのに。

 普段の鉄仮面のような無表情を破って。


「イグナ……」


 その笑顔に束の間救われた気持ちになるのは気のせいではないのだろう。


「それと……あの子の夢……終わらない……」


 はっと気がつき周りを見る。


 ディアの姿がない。


 レーベル達が捕まえた様子もない。


 居場所がわからずにイグナを見ると、イグナは声に出さずに口を動かした。


 『アサヒにとられた』

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