25話 帰還


「俺達はこんな得体の知れないものに縋っていたわけか……」


 アサヒは中型クリスタルに、言いようのない嫌悪感を抱く。

 マザークリスタルがないこの世界で、至る所に中型クリスタルが生えているのも気になり始めた。


「まるで世界が中型クリスタルに支配されているようだな。いや、俺たちの世界もマザークリスタルに支配されているようなものか。どう思う?」

「……」


 反応が返ってこないので振り向くと、ディアが思考集中モードになっていた。

 表情が完全に無となり、意味もなく宙を見据えている。


「……好都合だな」


 せっかくの帰還のチャンスが目の前にあったとしても、ディア研究バカであれば「もう少し残りたいです」と言い出しかねない。

 置物のように固まるディアを、さっさと木箱に詰めて蓋をした。

 密封しているから、水たまりの中でも水は入らないはずだ。


「これでよし。ペルセウス、お別れだ。俺達は行く」


 ペルセウスは首を傾げた。


「もう帰っちゃうの?」

「は?」

「ジブンが嫌な態度取り続けたから? ダカラ、帰っちゃうの?」

「どこのツンデレ店員だよ。今更好感を得ようとしても俺には効かんぞ。この水たまりを作れたのなら、ここにもお前にもこれ以上の用はない」


 ペルセウスが鋭く舌打ちをする。


「……誰もクズに残ってほしいと言っていない。ジブン、ディアだけいれば良い。自意識カジョーで恥ずかしいヤツ。敢えて言う。オマエバカダロー! オマエバカダロー! オマエ、ヴァッッカダラォォォオォォーー!」


 アサヒはペルセウス18号を羽も広げられない速度で、上空に投げ飛ばした。

 かなり飛んでいったようで、辺りにはアサヒと木箱以外誰もいなくなった。


「じゃあな、18号」


 餞別として最後のナマコを地面に置いていく。


 木箱を肩に担ぐと、「ひゃ」とディアの驚く声が中から聞こえた。


「え、真っ暗! 何がどうなってこうなったのですか!?」

「復帰したか。お前が集中している間にお前を木箱の中に入れたんだ。元の世界に帰るぞ」

「え、もう帰っちゃうのですか?」 


 案の定ディアがペルセウスと同じことを言う。

 思考集中モードの間にペルセウスを切ったのは正解だったようだ。


「これ以上の長居は不要だ。この水たまりもいつ消えるかわからないからな。後は帰ってから研究しろ」

「……わかりました。ペルセウスはそこにいますか?」

「あいつなら自分から去っていったぞ(棒読み)」

「そうなのですか? 意外にハードボイルドなのです。寂しいですが、未来の存在を過去に連れていくわけにもいきませんし、お別れは仕方ないですね……」

「それで、マザークリスタルの件は消化できたのか?」

「はい。80通り程仮説を立てられました。まだ情報不足で絞り切ることはできませんが、今のうちにアサヒさんに伝えておきたいことが一つだけあります」

「何だ?」

「聞いても反応はしないでくださいね」


 ディアが小声で言う。


「中型クリスタルの根は地面に逃げていきました。。元の世界に戻っても、足元の警戒は怠らないようにしてください」

「……!」


 つい足元を見たくなる衝動を堪える。

 そのマザークリスタルに関連するものが良いものなのか悪いものなのかわからない以上、用心するに越したことはないとディアは言っているのだ。


「それでは、水たまりに入って元の世界へ帰りましょうか」

「そうだな」


 水たまりの中に入ったら、元の世界へ戻れるように自分の時を操る魔力とやらを操作しなければならない。


「魔力を操作する感覚は気をどうにかする感じだったか」

「はい。今回の場合は、アサヒさんが元の世界に戻りたいと強く思うのが効果的かと思います」

「元の世界に戻りたい、か」


 やはり思い浮かぶのは冒険者ギルドエクレアのことだった。


(3日間離れただけなのに、顔を見たくなるものだな)


 アサヒは知らない。

 これから帰る世界が元の時間から一年後の世界であり、エクレアが存続の危機を迎えていることを。


「帰ったらやることがいっぱいありますね。ビールの開発と、マザークリスタルの調査と、竜の調査と。

 ただ、竜に関してはまだまだ先の話で、わたし達が生きている間では兆候すらも見つけられないかもしれませんけどね!」


 ディアは知らない。

 戻って直ぐに竜の兆候を持つ青年に出会うことを。


 戻り次第波乱の渦に巻き込まれていくことを、アサヒもディアもこの時は思いもしなかったのであった。


「アサヒさん、この世界でのことは他言無用でお願いします。本来ない事象が増えてしまうと、不要なタイムパラドックスが起きる可能性があります。なるべく竜に滅される運命だけを避けるようにしましょう」

「ああ。俺とお前、二人だけの秘密だ」

「そ、そういう誤解を招く言い方は感心しないのです」

「言っておくが、俺はどうでも良い女に気を持たせるほど不器用な男ではないぞ」

「……全力で異議を申し立てておきます」


 木箱の中でディアはどんな顔をしているのだろう。


 表情が見えないことを残念に思いながら、アサヒは水たまりに飛び込んだ。



 アサヒ達が姿を消した水たまりに、瘴気に身を隠したフクロウが近づいた。


「もっと、会話、したい」


 その後、ペルセウスも同様に水たまりへ飛び込んだことを、アサヒ達は知らない。


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