23話 トイレ、そして逆転へ


(やばい、漏れる、漏れちゃうぅ!)


 ディアは口元を押さえながら、アサヒ達から離れた林に駆け込んだ。


「はぁ、はぁ、す、す」


 周りに魔物の気配がないことだけを確認すると、口のすぐそこでつっかえていたソレを一気に解放する。


「すっき〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」


 本人に聞こえてはならないので、響かないように口元には手を当てておいた。


「うううう〜好き、好き過ぎる〜。アサヒさんってどうしてあんなにかっこいいの? 強いだけじゃなくてかっこよさも最強なんてずるい、本当にずるいのです……」


 声に出すだけでは足りないと思い、木の枝で地面に棒人間を描き、その周りにハートを付け足していく。

 このように、ディアはアサヒに恋している感情が溢れた時には、トイレと称しアサヒの見えないところで想いを吐き出すようにしていたのであった。


「世界制服するまで守ってくれるって、それまでずっと一緒にいてくれるってことですよね? なにそれいつまでも終わらせたくないんですけど。それとも、世界征服した瞬間に捨てるつもりなのでしょうか。『お前にもう用はない』って……」


 もしそうならば、まさに天国から奈落への急転直下。想像しただけで泣きそうになる。


「アサヒさんの言動一つ一つに期待して、わたしってほんと馬鹿だなぁ。。住む世界が違うアサヒさんとは、ビジネスパートナー以上の関係になれるわけないというのに……」


 引きこもりのディアの母数がアサヒ1人なのに対し、アサヒは不特定多数の女性に知り合いがいて、実質選び放題なのである。

 その中から自分を選ぶ可能性など千分の一にも満たない。


「不毛過ぎる……こんな不毛な恋なんか忘れて、もっと研究に専念しましょう。きっと素敵な発見があるはずなのです」


 しかし、アサヒは高身長かつ竜をも倒す最強の男である。

 バチンとディアは自分の顔を勢いよく叩いた。


「だ、大丈夫。アサヒさんなんて、怒ると怖いただのゴリラなのです。研究がダメなら、月に一回は外に出るようにしてみよう。ペルセウス18号に出会えたみたいに、きっと良い出会いがあるはずなのです」


 しかし、アサヒは高身長かつ気遣いもできる最強の男である。

 ディアは自分の顔を勢いよく叩いた。


 ジンジンと痛む頬を痛い、と撫でる。


(わたしって他人にも自分にも向き合えないんだなぁ。こんななりじゃ世界征服なんてできっこない……)


 勇気が出ず、向き合えていないことがもう一つある。

 父親ジャスティンと母親イグナのその後についてである。

 二人のことを話題に出さないあたり、アサヒは何か知っている。自分が聞かないから言わないだけだ。


「ごめんなさい……お父さん、お母さん……。あと少しだけ、もう少しだけ逃げる時間をください……。そうしたらちゃんと全部に向き合いますから……」


 地面に書いたハートを指で丁寧に消していく。

 まるで感情を消していくかのように。

 代償行為をしたことで、荒ぶっていた気持ちが少しだけ落ち着きを取り戻していた。


 地面には丸と線だけの棒人間が残った。


「この子みたいに空っぽな人間だったならどんなに良かったんだろう……。想いを伝えない方がそばにいられると頭では理解しているはずなのに……。感情ってほんと意味わからなくて、嫌いなのです」


 最後に棒人間も消し、自分の感情に蓋をする。


 この想いは自分だけの秘密。本人にも、周囲の人にも、絶対に気づかれてはいけない。



「サイテーのクズ!」


 その頃、アサヒはペルセウスに足を蹴られていた。

 ディアの好意に気づいていながら気づかないフリをしていることを打ち明けたのである。


「逆に聞くが、あいつの俺に対する挙動を見て、好意があると気づかないやつがいるのか?」

「ショージキジブンも気づいてた! でも気づいている上で思わせぶりな態度を続けるオマエ、思った以上のロクデナシだった!」

。好きに様子見しても悪くないだろ。それに、あいつの世界はまだまだ狭い。あいつが世界を知りその上で俺を求めるのなら、その時は応じるつもりでいる」

「オマエ、ディアが世界を知れば、オマエから離れていく、何故思わない?」

「ディアが俺から離れる? あり得ないな」

「ジューブンあり得る! 世界のどこかに、オマエより良い男、絶対いる!」

「……」


 その時、アサヒは自分と対等の権力を持ち、それ以上の財力と美貌を持つ男を一人見つけた。

 自分と同じ年齢で、ディアと同じ赫眼かくがんを持つ男、ゼフィール王である。


「……いや、俺以上に極上な男はいない。あんなパワハラ王より、俺の方が何倍もマシだ」

「オマエもさっきディアを怖がらせてた。パワハラヤロー」

「……」




 ディアがトイレから戻ってきた。


「お待たせしました。あれ、木箱? アサヒさん、わたしがトイレに行っている間に作ってくれたんですか?」

「まぁな」


 アサヒはそばにあった木を切り倒し、秒でくり抜き式の木箱を作っていた。

 内装は丁寧にナイフで磨き、肌触りを良くしてある。

 アサヒの箱に、小柄なディアがすっぽりと収まった。


「ふー、落ち着きましたー。アサヒさんの作る木箱ってなんだか包まれてるような安心感があるんですよね」

「ずっと入ってていいぞ」

「でもこの木箱隙間がないです。息できないし、風景も見たいので蓋はしなくて良いですよ」

「……了解した」


--オオオオオオオオオオオオオオオ……


 遠くで竜の雄叫びが聞こえた。


「やはり復活したか。竜に見つかる前に距離を取る。急ぐぞ」

「はい。お願いします」


 ディアが入った木箱を肩に担いで、速やかにその場から移動する。

 反対の肩に乗るペルセウスからの冷ややかな視線を間近に感じながら。

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