22話 教育

 ディアとペルセウス18号は大きな葉っぱを被って森の中を這っていた。


「ディア、イツマデ、ニゲル?」

「良い質問ですね。人の怒りは長くは続きません。その内アサヒさんの怒りが心配に変わるはずです。『おーい、ディア、俺が悪かったー。もう怒ってないから出てきてくれー』といった感じに。わたし達はそれまでアサヒさんから逃げれば良いのです」

「誰から逃げるって?」

「ひゅ!?」

「オワタ」


 頭上から声をかけると、ディアが葉っぱから恐る恐ると顔を出した。


「ア、アサヒさん、どうも。その、竜は?」

「一時的に行動不能にした。その内復活する」

「さすがアサヒさんなのです! ところで……まだ怒ってたりします?」

「全然怒ってる」

「あぁ、良かった……怒ってる!? きゃーっ! いやーっ!」


 ディアは必死に逃げようとするが、足腰がガクガクに抜けてしまい、その場からほとんど動けていない。

 そんなディアの前にペルセウス18号が立ちはだかる。


「チョットマツ」

「なんだ、実験体18号」

「ペルセウストヨブ。コノアタマノワルイサディストガ。ディアガコワガッテル。ディアニチカヅクナイ。ヘンタイ。ソウイエバ、オマエ、カレノマエデボウダチシテタナ。ヤーイ! ヘッポコヤロー! ヘッポコヤロー! ポッポコヤロー! デカイワリニカヨワイノネ。ヨクジブンノナマエマチガエルケド、ノウミソアリマスカ? ナンデスカ、セッキョウ? ムダニタイドガオオキスギテ、ゼンタイテキニフケテミエルヨ、オジイチャン」





「ホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホ」


 アサヒはフクロウの体を両足で固定し、翼の付け根あたりを両手でくすぐっていた。


「なぁ、お前はこんなに弱いのに何故毎度俺に突っかかってくるんだ? 構ってほしいのか?」

「チガ、ホホホホホホホホ、ヤメ、ヒィィィィイヒヒヒヒヒ、コレヤバ、シヌ」

「あとお前もっと流暢に喋れ。わかりにくいんだよ」

「スル、ホホホホホホ、するから、ホホホホホ、するって、ホホホホホ、します、ホホホホホホ」


 ペルセウスは涙と鼻水を流しながら必死に頷く。

 超人的に器用なアサヒのくすぐりは会心率300%、その指先の一挙一動が死ぬほどくすぐったく、それが永遠に続く。

 つまりは地獄である。


「アアッーーーーーー!!」


 フクロウが甲高い悲鳴をあげて目を剥いた時、ようやく辺りに静寂が訪れた。


「次はディア、お前だ」

「あははははははは、く、くすぐったい、アサヒさん、もうやめて、お願いです」

「まだ触れてないが」

「これからくすぐられると思うだけでくすぐったくなるんです、あはははははは」


 身をよじって笑うディアの脇腹に、問答無用で両手を添えた。


「ああーーー! いやーーー! やめてーーー! 死んじゃうーーー! 死んじゃうからーーー! やめてーーー!」

「まだくすぐってもいないが。まぁいい。それでは説教を始めるぞ」

「え、えええええ!? 説教!?」


 頭脳明晰なディアに対して、アサヒは『自分で気づかせる』教育方針を取っている。

 その説教では、くすぐり地獄の中で、ディアは悪かった点を自分で考えて告白し、その改善策をアサヒが納得するまで言い続けなければならない。

 アサヒの説教とは、則ち一種の拷問である。

 

「い、異議を申し出ます! わたし今回悪いことしてない! 説教される理由はないのです!」

「なるほど。自覚がないのか」


 ディアから一度手を離す。


「た、助かった……」

「正確にはまだ助かっていない。悪いと少しも思っていない状況で説教しても意味がないからな。これから言う俺の質問に答えて、俺を納得させてみろ。それができたら今回は許してやる」

「納得させられなかった場合は……?」

「わからないのか?」


 バキと指を鳴らすと、ディアは「わかります!」と元気な返事をした。


「それでは聞く。俺が竜にやられた時、お前は鍋を叩いて竜の気を引いていたな。お前のことだからいろんな選択肢が頭にあったことだろう。なのに、何故敢えてそれを選んだ?」


 聡明なディアであれば、あの状況に最も相応しい行動も算出していたはずである。自分がやられたのなら、何もせずにその場から離れると。

 にも関わらず、ディアが選んだのは最も危険で無謀な行動であった。


(本懐を遂げる前に死ぬ気か?)


 易々と命を投げ打つ真似をした少女が腹立たしくてならない。

 無意識に威圧していたようで、ディアはぶるぶると萎縮した様子で答え始めた。


「ふ、不死身の魔物相手に勝つことはできなくても、アサヒさんがやられるわけないのです。攻撃を受けたのも一回しくじっただけ。アサヒさんが立ち直る前に竜の追撃がいかないように、わたしはちょっと手伝っただけです……」

「その結果お前はもう少しで竜に食われるところだった。俺が待に合わなかった時のことは考えなかったのか?」

「アサヒさんが間に合わないはずないです……」


 嘘を言っている様子はない。


(こいつはあれだけ体躯差がある相手でも、俺が負けるとは考えなかったわけか)


 負けることを考えなければ、当然負けた後のことも考えなかったため、自分を放って逃げることもしなかった。

 人一倍怖がりであるくせに。


「納得した」

「ほ、本当に……?」

「ああ。だが、今度はもう少し安全な策を選んでくれると助かる。俺の心臓がもたない」

「それはごめんなさい……」

「謝らなくていい。俺を信じてくれたんだろ。正直嬉しかった」


「あれ?」と顔を上げたディアの茶髪を掬う。


「これからもお前を阻むものは俺が退けよう。共に世界征服を果たすその時まで、俺がお前を守る」

「……」

「念のため竜からもう少し離れる。行くぞ」

「……トイレ」

「後にしろ」

「今すぐに行かないと漏れそうなんです!」

「……早めに頼む」


 ディアは口元を覆いながら、少し離れたところにある林に駆け込んだ。

 ペルセウスがむくりと起き上がる。


「ディア、吐きそう? ジブンついてく?」

「構わなくていい。あれは限界に達しただけだ」

「限界? ナニが?」



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