21話 全力のリベンジ

 いつかディアがアサヒへ持論を垂らしていた。

 人間にはリミッターがあり、潜在能力の10%も活用できていないと。


『ここで問題です。アサヒさんはリミッターがある故に強いのか、それとも無い故に強いのか。もし前者だった場合は、アサヒさんなら何かの機会にそのリミッターを自力で解除してきそうですよね。アサヒさんってほんと超人的で意味わかんないのです。うふふふふっ』


 ディアは呑気に笑っていた。

 後にその何かの機会を自分がつくり出すとも知らずに。


 ◆


 アサヒは再び竜と対峙した。


 ご馳走を逃がされたことが逆鱗に触れたようで、竜は唸りをあげながら睨みつけてくる。

 牙を向いた口の端からは、濃い瘴気が息吹きとなって漏れていた。


「フゥゥゥゥゥゥッ!」


 対し、アサヒもまた荒々しい息を吐く。

 全身が沸き立っているかのように熱い。


 普段以上の実力を出せる。そんな気がした。

 それを何でもいいから全力でぶつけたい。


 どうやら自分もこの竜と同じく激昂の状態にあるらしい。


--ギャオオオオオオオオオオオオオ!!!


 竜が咆哮をあげ、巨大な鉤手を叩きつけてきた。

 アサヒは持っていた中型クリスタルをその場に落とすと、長剣を素早く抜く。


「オオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 竜に負けない雄叫びをあげ、鋼のように硬い竜の鉤手を、持てる速さと力を繰り出して、一刀で十、十刀で千の塊に刻む。

 

 竜の刻まれた部分は瘴気となって崩れ、またすぐに根元から再生する。

 与えられた攻撃に竜はなお興奮し、両の手をがむしゃらに振るってきた。

 しかし、その攻撃は目標に当たることはなく、全てが直前で刻まれていくのだった。


 しばらくすると、竜は巨体を急回転させ、太く長い尾を鞭のように横に振るった。

 巨大な竜の尾に当たった木や岩が吹き飛んでいく。

 元の位置まで振り切るはずだった尾は、がちん、と半回転のところで急停止した。


「ふんんんんぬうううッ……!!」


 人間の男が圧倒的な面積と質量のある尾を両手で受け止めていたのである。


 それを見た竜は一瞬意表を突かれたが、直ぐに右手に瘴気を収束させ始めた。

 巨大な鉤手に真っ黒い瘴気が渦を巻いていく。


(腕からの攻撃なら、尻尾に掴まっていれば当たることはない)


 アサヒは竜の尾に掴まった。


 竜が尻尾を切断して振り返るとも知らずに。


 放たれた竜の鉤手は、豪速で自分の尻尾を潰し、男がいた大地を深くまで突き破った。

 轟音と共に辺りが激しく揺れ、地割れからは腕から溢れた瘴気のドロが噴き出す。


 竜の自切した尾はすぐに根元から再生した。

 土煙が収まっても男の姿はない。

 目標を殲滅した竜は、皮膜状の翼を広げ、人間の女を探そうと上空へと羽ばたいた。




「はぁ、はぁ」


 飛翔する竜の背の上で、アサヒは中型クリスタルを持って息を吐いていた。


 竜の鉤手を間一髪で前方に回避した後、アサヒは竜の死角となる腕の下から懐へ全力疾走し、背中へと取り付いていたのである。


「はぁ。よし、落ち着いた」


 少し息を吸って吐いただけで、アサヒの体力は全回復する。

 全力をぶつけたことで怒りも幾分か昇華し、冷静な思考を取り戻すことができていた。


(ふぅ。尻尾を切り離すとは盲点だった。竜とはいえ、でかいトカゲだもんな。しかし、最後のあの攻撃、"ぶん殴り"に見えた。この竜は一体何なんだ? まさか本当にジオなのか?)


 全体重と全身の力を乗せた一撃、"ぶった斬り"と"ぶん殴り"は、アサヒが考えたものでジオにも教えた技である。

 だが、ジオがここにいるわけがない。

 ジオは腐食症状ステージ5で昏睡している。

 未来で竜になっているなんてこと、あるわけがないのだ。

 

(だが、もしジオなら……)


 そう思い、アサヒは荒々しく揺れる竜の背を歩いた。

 試すようにゆっくりとした足取りで。


 竜は気づかずに飛行を続けている。


(ジオならどんな状況でも抗おうと努力するはずだ)


 しかし、頭の上に立っても竜は地上を見るのに夢中で、行動を起こすことはなかった。

 アサヒは首を傾げる。


「何故俺はこんな弱いやつをジオと重ねたんだ?」


 中形クリスタルをより鋭利な方が先になるように持ち直す。

 狙いは竜の額の中央。

 アサヒは大きくクリスタルを振りかぶると、全力で額に振り下ろした。


 龍の黒い血が飛び散り、硬い頭蓋骨を中型クリスタルが突き破る。


--ア゛アアアアアアアアアアアアア!!!


 飛翔中であった竜が背中をのけ反らせて叫んだ。


「ふん!」


 アサヒは仕上げに中型クリスタルを渾身の力を込めて踏んだ。

  ゴチュンと鳴り、中型クリスタルの全てが竜の額に埋まる。


 竜は空中でもう一度全身を跳ねさせると、脱力して地面へと落ちていった。


 巨体が大地に叩きつけられ、山が崩れたような振動と地響きが鳴り渡る。

 

 アサヒもその近くに着地し、脱力した竜の状況を見た。


 身動きはない。死んでいるようであるが、瘴気の中では魔物は不死身。

 額に埋めた中型クリスタルを腐食したら、直ぐにでも復活してくるだろう。


「さて、ディアはどこまで逃げたか。あのへっぴり腰ならそう遠くには行けないはずだが……」


 竜の返り血を蒸発させながら、アサヒは芋虫が這っていった跡を探した。


 竜が復活する前に、自分の許可なく勝手に死に急いだ少女を、ディアを教育しなければならない。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る