20話 激おこ
アサヒ、19歳。
瘴気の森、荒地にて。
--カンカンカン。
金属を叩く音がして、アサヒは意識を浮上させた。
大岩にぶつかる直前だったので、とりあえず体を反転させて両足を大岩に着く。
ビシリ、と足を着いた箇所を中心に、大岩に亀裂が入った。
どうやら竜の突撃を受けて、突き飛ばされている間に意識を失ったらしい。
風景がそこまで変わっていないことから、意識消失の時間は約1秒間。
少しでも回復が遅れていたら、この大岩に頭から突っ込んでいたことだろう。
岩から地面に着地すると体の節々がずきりと痛んだ。
だが、人並み以上に筋力が凝縮された体は、竜の突撃に耐えてくれたようで、打撲以上の損傷はないようだ。
遠くの方で、金属が叩かれる音と、ディアの声が
--カンカンカン。こっち、獲物はこっちにもいますよー。
(ディアは、何を、している……?)
ディアが竜の気を引こうと鍋を鳴らしていると悟った瞬間、地を強く蹴り、駆け出していた。
◆
ディアは落ちていた石で鍋をガンガンと叩いていた。
「こっちー! こっちですよー!」
「ディア、ナニシテル?」
「今の攻撃を食らってはさすがのアサヒさんも無事ではいられません。だからです!」
「ソノケッカ、リュウガコッチクルノ、ワカッテル?」
--ギャアアアアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオアアアアアアアア!!!
「ひう!?」
竜のけたたましい咆哮に、かくんと両膝が折れる。
竜の黒い巨体が地響きを立てながらゆっくりと迫って来た。
「ペ、ペルセウス……」
助けを求めて横を向くと、すでにペルセウスは目を剥いて地面に転がっている状態であった。
「そんな……は、早く、逃げなくちゃ……」
言葉にしてみたが、足はすくんだままで動いてくれない。
瘴気を撒き散らす巨大な怪物の姿は、まるでこの世の終わりそのもののよう。
竜の獰猛で細長い瞳孔と目が合い、そこから目が離せなくなる。
気がつけば黒い竜が目の前に立っていた。
「ぁ……」
聳え立つ圧倒的な体躯に言葉を失う。
竜は無抵抗な餌を間近にすると、掴んで食べるつもりのようで、右手を覆うように伸ばしてきた。
「いやぁ!」
視界が巨大な手に包まれ真っ暗になった時、それがドガっと一瞬で開かれた。
アサヒが竜の巨大な手を蹴り飛ばし、助けてくれたのである。
「アサヒさんっ……」
安堵のあまり、震えた声で彼の名を呼ぶ。
あんな巨体の突撃をまともに食らったら、常人であれば体はバラバラになり、即死となることは間違いない。
にも関わらず、アサヒは五体満足で立っていた。
脅威の頑強さである。
アサヒが走ってきた地面が滅茶苦茶に割れているのと、どこから引っこ抜いてきたのか右腕に身の丈を超える中型クリスタルが抱えられているのが気になるところであるが。
「……」
「アサヒさん……?」
安心したのも束の間、ディアはアサヒの異変に気がついた。
アサヒはディアに後ろを向けている。
その背中から感じられるのは殺伐とした冷たい空気。
そして、
「フゥゥゥゥゥゥッ! フゥゥゥゥゥゥッ!」
普段落ち着きのある彼とは思えない荒々しい呼気。
まるで鬼が火を吹いているかのようだ。
正面から顔を見る勇気はない。
理由はわからないが、たぶん、アサヒは相当キレている。
「……ペルセウス……」
ペルセウスが「ナニ?」と普通に起き上がる。
目を剥いて倒れていたのはただの死んだふりだった様子。
「素数は知っていますか……?」
「シラナイ。ソレ、ナンノヤクニタツノ?」
「ただ数えるだけで楽しいものです。わたしが数えるので聞いていてください……」
「カゾエルノ、キクダケ? ナニソレ、スデニツマラナイ」
不満げなペルセウスに構わず、ディアは「2、3、5……」と素数を数えながら後ろへ這った。
この場からできるだけ早く、少しでも遠くへ離れる必要がある。
激怒しているアサヒほどに怖いものはないのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます