19話 回想③ 好奇心

 アサヒ、10歳。


 早急な処置により失明は免れたが、ディアには暖色の色盲と魔力が認識できない後遺症が残った。


 魔力が見えなければ魔術は使えない。それは赫眼かくがん持ちにとって致命的なものであった。




 ジャスティン出張研究所、診察室にて。


「すまない。俺のせいだ。俺が成り行き任せだったばかりに」


 ディアの病状の説明を聞いた後、少年アサヒは母親イグナへ深々と頭を下げていた。


「あなただけのせいではない。ディアが招いたことでもある。ディアは好奇心の赴くままに行動するところがある。以前から危険だとは思っていた」

「理解できない。何故俺を責めないんだ?」

「子供は失敗を通して成長するもの。これをどう受け止めるかはあなた達しだい」

「子供の失敗で済ませられるものか……俺はあんたの娘の目を、夢を潰したんだぞ!?」


 腹立たしくて声を荒げる。

 許せなかった。

 母親の淡々とした態度も。

 成り行き任せに少女の夢を奪った自分も。


「あなたは思い違いをしている。この程度ではディアの夢は終わらない」

「夢……?」

「ディアに直接聞いてみればいい。あなたのことを気にしていた」

「あんた達はこれからどうするんだ?」

「学術領に私達の居場所はない。私達はここを出て『キャラバン』を探す」

「キャラバン? なんだそれは」

「キャラバンは三つの国に居場所のない成らず者で構成される旅団。国の外を転々とする過酷な環境であると聞く。研究する余裕はない。ディアには不自由させるが、背に腹は代えられない。ジャスティンがを果たしに街へ行っている。彼が戻ったら、ここを出る」

「……そうか。俺も今日発つ。今まで世話になった」


 形だけでも礼を言って席を立つ。

 ここに自分が迷い込まなければ良かったのだと、思わずにはいられなかった。


「アサヒ、ディアと仲良くしてくれて、成り行きでもここに来てくれて、ありがとう」


 診察室を出る時、イグナから背中越しに声をかけられた。

 このタイミングで礼を言うなんてやはりこいつは理解できない。そう冷ややかに思いながらアサヒは診察室を退室した。

 




 ディアの私室に入ると、ディアは両目に包帯を巻いてベッドに座っていたところであった。


「アサヒさんですか?」

「ああ。体調はどうだ?」

「順調です。寝て起きたら痛みがなくなってました。お母さんの薬は偉大なのです。あ、そろそろ目薬の時間でした」

「手伝おう」


 アサヒは包帯を慎重に解いていく。

 治りかけの目に余計な魔力を触れさせることのないように。


「ディア、悪かった……。俺はお前の赫眼を壊してしまった」

「わたしもすみませんでした……。わたしが焦ったせいで、アサヒさんに嫌な思いをさせてしまったのです。やはり余計な感情は失敗のもとですね。今後気を付けていきたいと思います。なのでアサヒさん、実力領に帰った後も研究を手伝いに来てくれませんか?」

「それは……」 


 イグナはまだキャラバン行きの話をしていないらしい。

 それはできない。俺は実力領に帰り、お前はキャラバンに行く。二度と会うことはない。

 そう告げようとした。

 

 包帯が解かれた少女の目を見るまでは。



「赫眼が壊れたことで見える世界が変わりました。今までの研究をやり直す必要があるのです」



 少女の緋色の瞳は、なお強い好奇心を宿していた。


「お前、ショックじゃないのか?」

「ショックですが、この目なら不思議な力に惑わされずに物事の本質を捉えることができます。きっとこの目なら、わたしの夢も果たせるはずなのです」

「お前の夢とはなんだ?」


 ディアはしっかりとした眼差しで語る。


「わたしの夢は、この大陸を脱して世界の全てを解き明かすことです」


 それは単なる幼い夢とは片付けられない力強さがあった。

 狂気を感じた。

 こんな状態になっても止まらない好奇心に。


「つまりは世界征服なのです!」

「……待て。それはたぶん世界征服とは言わない。どちらかと言うと世界制覇の方が正しい」

「でも、お父さんが『それは世界征服だ』と言ってました。世界の知を掌握することだと」

「あの厨二の父親が原因か……。それで、どうやってこの瘴気に囲われた大陸を脱するつもりなんだ? クリスタルの首飾りだって短時間しかもたないんだぞ」

「瘴気をつくるのです」

「……ほう」

「何もないところから何かが起こることなどあり得ません。無から有は作れないのです。瘴気を生み出す原理が何かあるはずなのです。その方法がわかれば、瘴気の対抗策も自然と見つかるものと思います。その第一段階として、瘴気の領域に入り、瘴気による生成物、遺物を調べていく必要があります」


 幼女はぶっ飛んだ理屈を平然と並べる。

 だが、面白い。

 これくらい非常識でなければこの狂った世界を掌握することなど不可能だ。


 しかし、少女がそれを果たすには絶対的に不足しているものがある。


「ディア。お前の世界征服だが、残念ながらお前だけでは不可能だ。お前のような実力のないやつが瘴気の中に入るのは現実的ではない。瘴気の領域は俺ですら死にかけるところなんだ」


 ふぇぇぇ、とディアの顔が一瞬で恐怖に染まる。


「だから、俺がお前にできないことをしよう。俺が瘴気の中に入りお前の研究に協力する。お前はその好奇心の赴くままに研究しろ」

「え、え、素敵なご提案ですが良いのですか?」

「ああ。俺もやりたくなった。お前の言う世界征服を」

「やったー! アサヒさんと一緒に世界征服ー! 約束なのですよー!」

「約束は反故にもできるものだろ。必要ない」

「え? あ、はい。あれ?」


 約束など必要ない。

 これは揺るぎない決定である。

 空っぽだった自分がようやくやりたいものを見つけたのだから。


「あ、あのー、アサヒさん?」


 必ずこの少女と大陸の外へ行き、

 必ず少女の言う世界征服を実現させる。

 

 必ず。


「あれ? もしかしてわたし、とんでもない人と世界征服することになりました?」


 こいつの好奇心を邪魔をするものは許さない。


 何人たりとも。

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