18話 カレ


 アサヒ、19歳。


 瘴気の森、3日目の朝。


「ペルセウスと呼んで欲しい? それでは初代ペルセウスと区別が付かなくなってしまいます。18号はどうですか?」

「ペルセウスガイイ!」


 丸池を出発する前、ディアとペルセウス18号が不毛なやりとりをしていた。


「ディア」

「あ、アサヒさん、何ですか?」

「これから瘴気の濃いところに行くんだ。お前の目に影響が出ては困る。ゴーグルはしっかり着けておけ」


 アサヒはディアの首元にかけてあるゴーグルを目に取り付けようとする。


「ぐにゃ!? 自分で着けれるので大丈夫です!」

「お前は雑過ぎる。俺が着けよう」


 ディアはまごまごとしていたが観念したのだろう。やがて目をきゅっと瞑り大人しくなった。


 柔らかい前髪をかき分けて、彼女の目元にゴーグルを密着させる。ゴーグルを片手で押さえながらヘッドバンドを頭の後ろへ回し、装着。

 バンドに巻き込まれた後ろ髪を丁寧に解いていく。


「この格好って、ままままさか」

「じっとしていろ」

「〜〜〜っ!」


 胸元で真っ赤になるディア。

 確かに、向かい合わせで彼女の後頭部に両手を回している格好は、抱いているように見えなくもない。

 隙間がないようにゴーグルをもう一度押さえて、完成。


「出来たぞ。痛いところはないか?」

「……」

「ディア、聞いてるか?」


 ディアはぼうとしていたが、我に帰ると「トイレ!」と言って木陰に走っていった。

 



 ペルセウス18号が案内したのは、濃い瘴気が濛々と漂い、木も草も枯ちて開けた荒地であった。


 こういった地帯は瘴気の森に稀に存在し、クリスタルの首飾りの消耗が激しいが、その分希少な遺物を入手することができる。


 空には鳥型の魔物が飛び交う姿が見られ、地面には至る所に様々な色のクリスタルが落ちている。


「わぁ、クリスタルがいっぱいなのです! アサヒさん、これ全部光ってるんですか!?」

「ああ、赤いクリスタルもいくつか見られる。あの中に俺たちの探している属性があるのかもしれないな」

「いっぱい採って調べましょう!」

「トマル!」


 採取に動こうとした時、ペルセウス18号が制止した。


「どうしたのですか、ペルセウス?」

、クル」


 上空に強大な気配を感じ、湾曲した木の影に全員で隠れた。

 空からバサバサと大きな音が近づき、鳥型の魔物達が一斉に逃げていく。

 それよりも速く巨大な影が通り抜け、魔物の一体がその口に捉えられた。


「魔物を食べた!? あれはもしかして竜!?」


 ディアが驚愕する。

 爬虫類のような姿に、背から生える皮膜上の大きな翼。

 実力領では絵本や神話で語られ、希望の象徴とされる存在、竜。

 だが、この竜は全身がほぼ黒一色で、体からは濃い瘴気が放たれており、瘴気の魔物であることは明らかだった。


 その体躯はおよそ200mを超える。


「カレ、マタオオキクナッタ」

「え、あの竜は成長してるんですか!?」

「ソウ。カレ、セイチョウスルマモノ。ココニヨククル」

「この大きさ、あの鉤爪、ひょっとしてマザークリスタルを破壊したのはこの竜なのでは」

「ソウダトオモウ。カレヨリ、オオキクテツヨイマモノ、イナイ」


--ギャアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオ!!!


 雷でも落ちたかのような咆哮が黒い竜より放たれる。竜は地面にたくさんのクリスタルがあるのを見つけると、そこに降り立ち鉤爪の手でクリスタルを踏み潰し始めた。


 それを見たディアが「いやあああ!」と悲鳴を上げる。


「クリスタルが粉々にーっ! ペルセウス、あの竜はどうしてクリスタルを壊すのですかー!?」

「フツウニ、キライダカラジャナイ?」

「そんなー! あのクリスタル一個一個が貴重な研究対象なのにー! 嫌いだから壊すなんてあんまりですー!」


 研究好きな少女にとって、目の前で遺物を壊されるのは耐え難いことらしい。


 とはいえ、このまま全てのクリスタルを壊されるわけにはいかない。


「ディア、俺が竜の相手をする。お前らは赤いクリスタルを隠れながら採取しろ」

「アサヒさん、あの竜と戦うんですか?」

「どれだけ体躯の差があると思ってる。少し気を引くだけだ。瓦礫が飛んでくるかもしれん。鍋はしっかり被っていろ。18号、ディアはクリスタルの色がわからない。手伝ってやれ」

「ペルセウストヨブ!」




 アサヒは気を引くべく、落ちていたクリスタルを拾い竜へ投げる。

 クリスタルが竜の目の上に命中し、血走った目がぎろりとアサヒを向いた。


--ギャアアアアアアアアアアアア!!!


 大した圧だ、と身構える。


 竜が近づくに連れて増すビリビリとした威圧感。

 巨大な四肢が踏み鳴らす度に起こる地動。

 体幹が鍛えられていなければこの場に立っていることもできなかったことだろう。


 竜は目の前に来ると、腕を振り上げ湾曲した鉤爪をアサヒへ振るった。


 鋭い鉤爪がごっそりと大地を抉る。

 アサヒは爪と爪の間を掻い潜り回避した。

 竜が鉤爪、牙により猛攻を仕掛けてくるが、アサヒはそれに合わせて回避を続ける。


 しばらくすると、竜が大きな翼で飛び立ち、今度は上空から突撃を仕掛けてきた。

 竜の体に衝突する寸前、アサヒは前に素早く前転し竜の真下へ逃れる。


 ジャスト回避により軌道を変えられず、竜は大地を砕きながら勢いよく転がった。

 一帯の木や岩がその巨体に巻き込まれていく。

 体に木が刺さろうと血が吹き出ようと構わない様子から、竜がただクリスタルや生物を狙う理性がない魔物であることがわかる。


 竜はごろごろと転がった後直ぐに体勢を立て直し、諦め悪くも再び突撃を仕掛けてきた。


 まだまだ付き合ってもらうぞ、アサヒ!




        「ジオ?」




 つい回避行動を取るのを忘れたアサヒは、巨体の突撃を棒立ちのまま受けることとなった。


「ガッ!?」


 バラバラに粉砕されそうな衝撃が全身をつんざく。

 負傷具合を分析するよりも、アサヒが考えていたのは不屈の精神を持つ青年のことだった。


(何故、俺はあの竜をジオと重ねた……!?)


 先程の突撃で頭もやったらしい。

 疑問に思うも思考は直ぐに四散していき、意識は朦朧もうろうかげっていった。

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