17話 回想② 成り行き任せ


 アサヒ、10歳。


「うおっ」


 ノックした瞬間、シュンと研究所の扉が自動で開いたため驚く。


 白い造りに見慣れないガラクタに囲まれた室内。

 その中央に白衣を纏った男女がおり、こちらを見て固まっていた。


「え、君は誰?」


 男の方が尋ねてくる。


「いきなりすまない。瘴気のダンジョンを冒険してたら迷ってしまった。ここがどこら辺か教えて欲しい」

「冒険……? 君は実力領の冒険者なのかい?」

「ただの農民だけどな。ここは実力領じゃないのか?」


 白衣の男女は目を見合わせて、頷き合った。


 男が額に手をやる。


「ふふふ……悪魔に魅せられし憐れな少年よ……! よくぞ、光と闇の踊る狭間、此処、我が出張研究所ジャスティンアメージングエレメンタルシュラインに辿り着いたなぁ!」

「あんた、急にどうした? さっきみたいに普通に話してくれないか?」

「どうした少年……? 我が鼓動オーブに臆したか?」

「あんたの豹変ぶりが怖いっちゃあ怖い」

「幾千の障壁ヴァリアを超えてこうしてあいまみえたのだ。せっかくなのだから、此処で泡沫の安息に着くがいい!」

「?」


 男の言うことがわからずにいると、今度は白衣の女が近づいてきた。

 

「あなた、目を瞑って。両手を前に真っ直ぐ伸ばしてみて」

「こうか?」

「右手が下がってる。腐食症状ステージ3、感覚の麻痺。このままでは右半身に麻痺が残る。今すぐに瘴気の浄化治療とリハビリが必要。治療期間は一ヶ月。ここで療養して。ジャスティンもそう提案してる」

「あ?」

「あなた、家族はいる? ペルセウス2号に診療情報を届けさせる。家の場所を教えて」

「いや、ここの場所さえわかれば歩いて帰るよ」

「子供の患者を前にして医師に引き下がれと? ここで療養して」

「……」


 鳩、ペルセウス2号が鳥籠の中でクルクルと女に同調するように鳴いた。


 この研究所は学術領のマザークリスタルの加護内で学術領の門の外、国の辺境に位置しているらしい。

 白衣の男はジャスティンという学者で魔力や機械について研究しており、その妻イグナは医師で医学を研究しているのだという。


 こうして、アサヒはジャスティン出張研究所で一ヶ月療養することになった。




 浄化治療1回目を終え、個室のベッドに横になりながら思う。


(……俺はやはり成り行き任せなのだろうか)


 フォール王子がどこかで「だから言ってるじゃん」と笑った気がした。

 自覚したからとて、改める気はやはり起きない。

 成り行き任せは考える必要がなく楽だ。

 その結果何か支障があっても、持ち前の器用さと力で何とでもできる。


(む、何かが近づいて来てるな)


 気配を感じてドアを見ると、個室のドアが音を立てずにそっと開いたところであった。


 ウィィーーー……ン。


 車輪のついた木箱が無機質な音を立てながら入ってくる。


「なんだこりゃ」

「……」


 起きていると思わなかったのだろう。木箱はウィーンと音を立てながら、そっと退出しようとした。


 逃げるものを追いたくなるのは動物としてのさがなのだろうか。


 アサヒはベッドから一瞬で移動し、逃げて行こうとする木箱を足で止めた。


「いやーー! つぶされるーー!」

 

 箱の蓋を開けると、木箱の中には幼い少女が丸くなって震えていた。

 涙目で見上げる少女の瞳は、夕陽のような緋色。


「これは赫眼かくがんか?」

「ひぅぅ……ごめんなさい……食べないでぇ……わたしおいしくないですぅ……」

「丁度良い。今とても腹が減ってたんだ」

「きゃー!」


 冗談も本気で受け取る少女に自然と笑ってしまう。

 これが赫眼の少女、ディア4歳との出会いであった。




 研究所での療養生活は手厚いものだった。


 毎日2回の浄化治療に、3回の食事付き。

 父親ジャスティンが料理好きで、料理の研究が進んでいる異国料理はあり得ない程に美味しかった。

 特にラーメンなるもの。酸っぱ辛いスープが旨過ぎる。

 

 甘いものは好きではないので、デザートのわらびもちなどは木箱から見ていたディアにあげていた。

 それを続けていたら、夜になるとディアが本を持って寝床に潜り込んでくるようになった。

 読んでほしい、とのことで絵本かと思いきや、機械の仕組みや瘴気に関する論文等の難しい書物ばかり。

 当然、2人揃って毎晩寝落ちした。


 ディアと寝床を共にしているところを見られた時、父親ジャスティンはこの世のものと思えない悲鳴をあげた。 


 ディアは極度の人見知りであり、他人にここまで懐くことはなかったという。




 研究所に来て、20日程経った頃。


 療養費はいらないとのことだったのだが、アサヒはリハビリがてら素材集めを手伝い、森に入っていた。


「アサヒさん、おかえりなさい。怪我はしてませんか? 傷薬ありますよ」


 素材集めに行った森の出口で、ディアに木箱から声をかけられる。


「お前、危ないから家の中で待ってろと言っただろ。魔物に遭遇したらどうするんだ」

「ジャスティス32号に隠れるから大丈夫なのです」


 ジャスティス32号とは、電力で動く木箱のことである。

 父親ジャスティンは発明した機械にジャスティスと名付けるようだ。


 ディアと話をしながら、研究所への道を行く。


「お父さんもお母さんも本当は学術領の中心地で優遇される程の功績ある専門家なのです。わたしは赫眼持ちとして修行をしている身で、魔術を使いこなせるようになるまで入国できないことになっています」


 ディアは4歳の幼女とは思えない饒舌ぶりで語る。

 その話は父親ジャスティンからも聞いていた。

 赫眼の開眼、すなわち魔術を発動させられるようになったら、家族共に学術領の中心地『学術都市』に行き、先進的な研究に携わることが許される。

 わざわざ危険な辺境で修行するのはその試練であり、ディアが試練をクリアするまでは、両親は国内にある職場と研究所を往復することになるという。


 ディアが落ち込んだ様子で続ける。


「……お父さん達をいつまでもわたしの修行につきあわせてしまって心苦しいです。わたしも早く瘴気の研究に携わりたい……。なのに、全然魔術が発動できないのです……」

「ディア、お前はまず自分が4歳の幼女であることを自覚するべきだ」

「よーじょ? アサヒさんはたまに難しいことを言うのです。とにかく」


 ディアに縋るように服を引かれた。


「アサヒさんがいる間にしか試せないことがあるのです。協力してください」



 協力とは、アサヒの魔力をディアの赫眼に流す、といったものであった。


「俺に魔力なんてあるのか?」

「はい。アサヒさんには頭がおかしいレベルで莫大な魔力が備わってます。これだけたくさんの魔力を流してもらえれば、荒療治で眠っている赫眼も開眼するのではないかと思うのです」

「なるほど。それで、魔力とはどうやって流すんだ?」

「気を送る感覚らしいです」

「気ねぇ……」


 少女の小さい手をとり、気のようなものを送ってみた。


 パチンッ


「いたっ」

「今の音は何だ? ディア、どうし、た……」


 アサヒは絶句する。

 ディアの赫眼にが入ったのが見えた。


「お前、目、大丈夫か……?」

「あ、はい、大丈夫なのです。でもなんかちょっと、熱い、ような……」


 ディアは目元を擦りながら言う。

 次第にそこから血が溢れてきた。


「あれ、ちょっと、痛い、かも……」

「ディア」

「痛い、痛い痛い痛い、痛いのぉぉぉぉおおお!!! うあ゛ああああああああ!!!」

「ディア!」


 アサヒは泣き叫ぶディアを抱えて走り、すぐに研究所の母親イグナに診せた。

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