1話 ディア
ジオがステージ5で昏睡して4ヶ月が経った頃。
冒険者ギルドエクレアで団長を務める青年、アサヒは瘴気の森でのクエストを終え、実力領南部の僻地に構えている自宅へ戻ってきた。
「帰ったぞ。……見当たらないな。研究室か」
少女の姿を探し、奥にある研究室の扉を開ける。
そこは書庫、薬剤庫、ガラス製の実験器具、ランプ、空の鳥籠等、ある程度の研究設備が揃った部屋であった。
その隅に見慣れた木箱を発見する。
「ディア、ただいま。俺相手に何故隠れているんだ?」
「人間怖いです」
「それに俺は当てはまらないな。俺は産まれてから面と向かって人間だと言われたことがまだない。珍しい遺物が手に入ったんだ。見るか?」
「……」
一間置いて、 ディアが木箱から顔を出し「はい」と笑った。
マザークリスタルの加護外である瘴気の領域へ赴くクエストを受注した際、冒険者は瘴気の森とギルド集会所を馬車で往復する。
行きと帰りでいなくなった者を把握するための計らいだ。
瘴気の領域で入手した遺物は、それ以上の使い道もないため、冒険者達はギルド集会所に提出し迷いなく換金してきた。
そんな中、アサヒは帰りの馬車を断っては自宅へ歩いて帰り、研究好きなディアに手に入れた遺物を横流ししているのであった。
ディアがゴーグルと手袋を装着し、リュックいっぱいに詰まった遺物を漁っている。
その真剣な横顔を、アサヒはお茶を沸かしながら見ていた。
ディアはまもなく14歳の成人を迎える。
どことなく気品のある顔立ちに、肩程の茶髪に映える色白の肌。
十分に将来美人になる素質を備えている。
だが。
食事も睡眠も碌にせずに、研究に没頭するガサツな点。
低い身長を気にしてか、シャツの上にぶかぶかな白衣を纏い背伸びする点(しかも、歩く時はつま先歩き)。
そういった点が美人の素質を駄目にして、美少女を引きこもりの研究バカに仕上げている。
(身長が伸びないのは、研究室や木箱の中に引きこもってばかりいるからか?)
身長190cm超えのアサヒにとって、140cm程しかないディアはかなり小柄、正直お子様に見えた。
(……白衣くらい、寝ている間に直しておくか)
作業中、白衣がずれて肩が出てしまうディアを見て、アサヒはそうしようとひとり頷いた。
「珍しい遺物ばかりですね。今日は何キロ地点まで行ったのですか?」
「12キロ地点」
「そんなに遠く……」
ディアが手を止め表情を曇らせる。
8km地点が往復で帰れるギリギリのラインと言われているからだろう。
「アサヒさん、連日8キロ地点を越えてますね。調べているのはジオさんの昏睡についてですか」
「まぁ、クエストのついでにな」
「納得がいかないんですね」
「できる訳がない。ジオだぞ」
「……感情論は嫌いです。ですが、アサヒさんがそこまで信頼を置くジオさんに興味が出ました。あ、アサヒさん、このクリスタル、何色ですか?」
見せられたのは拳大のクリスタルであった。
「赤いクリスタルだ。今も光ってる。俺が触れても害がないようだから持ってきた」
「光る、ということは魔力持ちですね。ふふ、属性はあるのかな。調べようと」
ディアが嬉しそうに赤いクリスタルを隅に寄せる。
魔力には無属性もあるが、各々の属性を有しているものがあるとディアは言う。
マザークリスタルは強力な浄化の属性があるため、魔術が使えない人々でも魔力に触れるだけでその効果を
しかしながら、それを判明させると言うのはかなり骨が折れることだ。
属性は多種多様に存在しており、調べた結果無属性だったなんてオチもある。
にも関わらず、ディアは頭の中で何百通りと仮説しては、判明するまで試行する異質なところがあった。
実力領の人間であれば発狂しそうなところ、本人は未知なものを解き明かしていく過程が楽しいらしい。
シバ達動物団員に渡した、動物との会話を可能にさせるという非常にマイノリティなクリスタルを発見したのもディアだ。
「この植物の色は何色ですか?」
「実は赤茶色、花は白とピンク、葉は深緑、根は黒茶、といったところだ。最初は発光していたが、抜いたら光らなくなった」
「葉の形がジギタリスに似てますね。あれは使い方を間違えれば重い副作用が起きるけど、心不全の治療薬になるんですよね。調合に使ったら何らかの薬になるかな。先日、実験用の小鳥を逃がしてしまったのが悔やまれますね。かくなる上はアサヒさんで……でも、毒も効かなさそうなアサヒさんで試してもなぁ……」
ディアがぶつぶつと独りごちる。
ディアは幼い頃から絵本代わりに図鑑や論文を読んできた。それだけに博識である。
何度も色を確認するのは、ディアの持つ
赫眼が壊れたのは、ディアが4歳の頃、とある出来事によるものである。
赫眼持ちには魔力は赤く認識されるらしいが、今のディアには魔力を見ることができない。
物質とは違って他の色に混同される訳でもなく、魔力らしきものが何も見えなくなってしまったのだ。
『魔法を使う感覚、知りたかったのですが、残念です』
魔力が認識できなければ魔術は使えない。
それがわかった当初、幼い少女はよく困った顔で笑っていた。
それからだろうか。
彼女を好奇心の赴くままに好きにさせるようになったのは。
そういえば、ともう一つ思い出す。
アサヒはディアが4歳の頃、魔力がまだ見えている時に、『アサヒさんには頭がおかしいレベルで魔力が備わっています』と言われたことがある。
実力領最強の剣士として王国の会議に呼ばれることがあるが、ゼフィールの赫眼の効果が周囲と比べて薄いのは、莫大な魔力を持っていることで魔力耐性がある故らしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます