28話 赫眼①


「ゼフィール陛下がエクレアを所有するだと!」

「実力領初の国営ギルドの誕生だ!」


 国の重要人がざわめきながら歓声を上げる中、当の本人ジオは反応に困っていた。


(僕らがゼフィールに所有される? それってどうなるんだ?)


 国の直属になれば国営ギルドとなり、資金、活動、身分等、現在と比較にならない程の優遇を受けることになる。

 だが、ゼフィールの管轄に入ったら仲間はどうなるのだろう。魔物化が進んでいる自分は。

 どう答えて良いかわからないジオの足元で、その犬は早くに答えを見出していた。


「慎んで、栄誉を辞退させて頂くワン」


 この国最高の権力者より授けられし栄誉を、シバはきっぱりと拒否した。


 場がしんと静まり返る。


 ゼフィールが玉座から立ち上がり、シバの方へと迫る。


「……何か言ったか、犬」

「信仰領に偵察の情報が漏れてしまったように、シバ達はまだまだ未熟者。国営になるに見合う力量も成績もないワン。だから……」

「勘違いをしているな。それはお前達の勝手な自己評価であろう。そんなものはどうでも良い。成果こそがこの実力主義の国で最も尊ぶべきものだ。お前達は期待以上の成果を上げた。私はそれを正当に評価し、相応の待遇を与えようとしているに過ぎぬ」


 シバの鼻の先でその歩みが止まった。



「それで。何か言ったか、犬」



 ゼフィールの赫眼かくがんがシバを真上から捉える。


 普段と段違いのプレッシャーと輝きを放つ赫眼に、シバは「きゅ」と鳴き声を上げ、尋常ではない程に戦慄き始める。


(なんだ? シバの様子がおかしい……)


「ゼフィール! やめ……」


 ゼフィールを止めようとした時、ジオも至近距離であかの光に囚われることとなる。



 気がつくと、暗闇の中にジオは立っていた。


「え、何だ、ここ。シバは、ゼフィールは?」


 周りを見渡すと、自身が血溜まりの上に立っていることに気づき、「うわぁ!」と悲鳴を上げる。

 その血溜まりには、エイト、ブッチ、ルーシー、その他動物団員等、エクレアの仲間達が血だらけの姿で倒れていた。

 全員ぴくりとも動かない。


「うわあ!? うわああああ!? みんな、死んで!? そんな! なんで!? 誰が、誰がこんなことを!?」

「ジオさ……」


 よく聞き慣れた声に、ゆっくりと視線を横に移していく。


 魔物化した自身の右腕。

 その鉤爪の手に、首を締め上げられ悶えているアジュの姿があった。


 少女の怯えた瞳と目が合う。


 ジオさん、もうやめて……。



「うあああああああああああああ!!!」


 身が張り裂けそうになる程の極大な恐怖に、ジオは絶叫し床に崩れ落ちる。

 視界はいつのまにか暗闇から玉座の間へと戻っていた。


(なん、だ、今のは、夢か!? なんて、なんて酷い夢だ……! うっ……)


 自分の魔物化した腕が勝手に動き、仲間を手にかける夢。

 まさにジオが最も恐れていることそのものだった。

 血の臭いも、仲間を手にかける感触も、その場で感じた焦燥感も、実際のことのように生々しく残っている。

 喉から込み上げてくるものを唾を飲み込みなんとか堪え、シバの前に立つゼフィールを力なく見上げた。


「ゼフィール、今のは何だ……僕に何をした……!」

「これも良い機会か。ジオ、お前には話しておくとしよう。赫眼の魔術『夢幻むげん』だ。その者の根底にある恐怖を強制的に引き出し、夢として体現させる魔術だ」

「これが魔術、だって……!?」


 魔術であれば対抗手段はない。

 愕然とするジオに、ゼフィールは赫眼をギラつかせ不気味に笑いかけた。


「なぁ。。だが、遠慮することはなかろう。私と共にこの国を、否、この世界をよくしていこうではないか」


 赤い瞳が、お前達が素直になるまで何度でも夢幻を繰り返してやっても良いのだぞ、と言っていた。

 欲しい人材は恐怖で縛ってでも手に入れる。

 それが果てしない支配欲を持つ青年、赫眼持ちの魔術師ゼフィール王なのであった。

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