27話 王の呼び出し


 南門のグール砲から放たれたグールの群れが街カタラーナに到着した頃、街の防護柵は三分の一程度しか出来上がっていなかった。


 グールの群れに対し、冒険者達は戦闘組と作業組の二つのチームに分かれることにした。

 浄化のクリスタルを持つ戦闘組はグールと積極的に戦い、持っていない作業組は街を防護柵で囲う作業を行った。


 冒険者ギルドエクレアに渡された二つのクリスタルは、エイトとアジュが持って行った。そのため、エクレア幹部の男ブッチはクリスタルを持たず、作業組の方へ加わることとなった。


 碌にクエストにも出向かない雑用係には当然だろうと、誰もが笑った。


 周囲から嘲笑が飛び交う中、戦闘組から漏れたグールがブッチに襲いかかる。


「乙」


 手に持つネイルハンマーをフルスイングする大男ブッチ。

 当然ながら、骨と皮と干からびた脳しかないグールの頭は粉砕される。

 周囲が目をまんまるにする中、ブッチは何事もなかったかのように作業へ戻った。


 大きな街を柵で囲う作業は日を跨いでも終わらず、作業組は瘴気と疲労が重なり、交代しながら作業に就いた。


 そんな中ブッチは何事にも動じず、呼吸数を最低限に抑えることで腐食症状をステージ1に留め、通しで作業し続けたのだった。


 街の防護柵が完成した頃、彼を笑う者は誰もいなくなっていた。



 翌日。ジオはシバと共に国王ゼフィールに呼ばれ、王都バベルへ来ていた。

 目の前には、美しい庭園に囲まれた壮大な城がある。

 

(眠……ほとんど寝れなかったな……)


 城の案内人に着いてくるように言われ、案内人の後ろを歩きながら、ジオはあふっと欠伸をする。


 南門の戦いが終わりエクレアに帰った後、ジオは魔物化した右腕を布と革のベルトで厳重に固定し、念のため使われていない個室で横になり朝を迎えた。

 そうまでしても、魔物化した右腕が仲間を害するのではないかという不安から、ジオは一晩中寝付けることができなかったのだ。


 この腕の変貌ついては、本当は信仰領ヴァルハラとの戦後処理が落ち着いてからゼフィールへ報告に行くつもりだった。

 それなのに、ご丁寧にも王国の馬車がエクレアの建屋まで迎えに来たので、仕方がなく戦いの翌日に行動を移すことになったのだ。


 馬車に乗るように指名されたのはジオと団長代理シバの二名だけであった。



 城の長い廊下をシバは小さな手足でちょこちょこと歩いている。

 余程緊張しているのか、その表情は硬い。


(そりゃそうか……。ゼフィールに直接報告に行くということは、赫眼かくがんのプレッシャーに晒されることになる。シバはそれに付き合わされる形になったんだもんな……)


「悪かったね、シバ。君まで僕の報告に付き合わせてさ」

「全くワン」


 「と言いたいところだけれど」と、シバが小声で続ける。


「この先から嫌な気配がするワン。ただの報告だけでは終わらないかもしれない。警戒した方がいいワン」

「嫌な気配? どういうこと?」

「ジオの右腕の報告だけならシバはいらない。ゼフィールは用がない者まで呼び出す男じゃない。この呼び出しはおそらく、別の狙いがあってのことだと思うワン」

「別の狙いって」

「わからないワン」

「……」


 それを聞いてジオも緊張する。

 何があるというのだろう。だが、ここまで来たらゼフィールに謁見して直接確かめるしかない。


「シバ、抱っこしようか?」

「きゅ、急に何を言うワン」

「その短い手足じゃ着いてくるのは大変だろう。左腕だけでも抱っこできるよ。ほら、おいで」

「……こ、とわるワン。シバはこれからエクレアの団長代理としての威厳を見せないといけないワン。ジオなんかに抱っこされたらこの上なく格好がつかないワン!」

「……なんだよ。移動の間だけでもお互いリラックスできればと思っただけだよ。何もそこまで怒らなくても良いじゃないか」

「……」

「……」


 それ以上会話もなく歩き続ける。

 気のせいか、シバの尻尾がさっきよりも垂れているように見えた。



 ジオ達が案内された先は『玉座の間』の前であった。


「玉座の間か……。初めて来たな。開けていいの?」


 煌びやかな装飾の扉。それを護る兵士が黙って頷くため、ジオは扉を押し開けた。


「ッ!?」


 想定外の光景に息を呑む。

 玉座には国王ゼフィールが正装で座っており、その前には兵士長バルハロク他王国軍小隊長、執政に関わる王兄殿下ら、議会メンバー等、国の重要人が集合し、全員が平伏していたのである。


 何らかの式典の最中に入ってしまったと直ぐにわかった。


「じゃ、邪魔してすまない。改めて出直す」

「何を遠慮している。お前達を待っていたのだ。前に進むが良い」

「え……」


 回れ右をして戻ろうとした時、玉座に座るゼフィールより声を掛けられる。


(きっと、こうした方がいいんだよな?)


 状況がわからないが、促されるまま前に進み、周りを真似てシバと共に平伏した。

 ゼフィールはジオの右腕に目を向けた後、満足げな笑みを浮かべて話を始めた。


「エクレアよ。我らが留守にしている間に、実力領へ奇襲を仕掛けた信仰領小部隊をたったの3名で撃破したと聞いた。その功績や見事である」

「……? ありがとうございます?」


 ゼフィールの賞賛に対し、ジオは一応の礼を返す。


(腕の変貌について聞かれない。今回はただ単に功労者として栄典に呼ばれただけなのか……?)


 いまいち状況が掴めないが、この国の重要人各位に見守られている状況で、不用意なことは喋らない方がいいのだろう。

 そう考えて、ジオとシバは無言でゼフィールの出方を伺っていた。


 ゼフィールがよく通る声で続ける。


「エクレアは冒険者ギルドとしては最下位に値する。だが、今回の信仰領との件で、諜報、戦略、戦闘等、あらゆる場面において有能であることが明らかとなった。冒険者ギルドとして埋もれさせるには勿体無い。故にこの上ない名誉を与えることとする」



 この時点においても、ジオとシバはゼフィールの出方を伺っていた。



 それが失策であるとも知らずに。



 若き国王は血のように赤い目を細め、はっきりと言い放った。



「エクレアよ。我が所有物となれ。私がお前達を最大に活かしてやろう」

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