26話 夜明け
人間が瘴気に溶けることでグールが生まれる理由。
とある学者の男はこう考察していた。
魔力には正と負のものがあり、正の魔力とはマザークリスタルやその他クリスタルのように人間が触れても害を与えないもの。
負の魔力とは人間に害を与えるもの、則ち瘴気である。
人間が瘴気に溶けることで、人間の生命力と負の魔力が結びつき、新たな生命体として再誕する。故に人間の瘴気から生まれる魔物は人型なのではないかと。
それを聞いた学者の娘は首を捻りながら尋ねた。
では、瘴気の領域で人型や人型以外の魔物が生まれ続けるのはどうしてなのか。生命力はどこから吸収しているのか。負の魔力を正の魔力に変換する方法はないのか、等々。
湯水の如く4才の娘から湧き出てくる疑問に、学者の男は答えられず苦笑するしかなかった。
◆
王国軍は実力領南門に戻り、南門の外に待機していた護衛団より不在中の報告を聞いた。
この時、南門の内側は未だグールと瘴気が溢れており、南門を通過することができない状況であった。
王国軍は東門へと迂回し王都バベルに帰還する。それぞれが休息を得られた時、時刻はすでに深夜を回っていた。
夜明けの刻となり、空が段々と薄明るくなってきた頃。
南門の内側で屯っていたグール達は人間の血肉を求めて散り散りにはけている。
瘴気のドロがグールを排出し終え消えている中、未だ強い瘴気を放っているドロが1箇所あった。
このドロはグール砲が幾重にも重なり、グールの生まれる瘴気が濃縮されたものである。
しばらくグールの手や頭が出ては引っ込んでを繰り返していたのだが、やがて収まり代わりにボコボコと泡を発し始める。
その重いドロをかき分けながら上がったのは、人間の倍の身長を持つ人型の魔物であった。
褐色に燻んだ肌に、筋骨隆々な肉体。
頭部より硬く突き出た二本の角。
獰悪な目つきに鋭い牙。
無骨な腕には4尺を超える棍棒が握られていた。
危険度の高い人型の魔物『
冒険者達は、この魔物を見かけたら冒険を中断し速やかにその場から逃げるようにと規則で定められていた。
その巨体で振るわれる棍棒の危険性はさることであるが、鬼人の厄介な点とは、他の魔物と違い多少の『知性』が備わっているところであった。
鬼人は、一人の冒険者を捕まえてはゆっくりと四肢を潰していき、その悲鳴で他の冒険者が助けに来るのを誘ったり、冒険者を敢えて逃し仲間と合流したタイミングで襲撃したりするなど、剛力であるだけではなく、人間の血肉をより多く得るための陰険さも合わせ持つ魔物であるのだ。
それが2体、黒いドロから生成されて這い出て来たのである。
--グルルル……。
人間の臭いがする方向へ向かおうとした時、鬼人がもう一体を呼び止める。
呼び止めたのは、自分達が現れた瘴気のドロがまだ消えていないのを不自然に思ってのことだった。
よく見ると、辺りには瘴気が立ち込めているが、それ自体からの瘴気の排出はすでに止まっている。
形質としても、黒いドロだったものが水のように粘性のない液体へと変わっており、色も透き通り不快な光を放っている。
鬼人達はどうも気になり、二体で挟むようにその様子を見守った。
「ん? また妙なところに出たな」
そこからひょっこりと顔を出したのは、黒髪の男。人間であった。
--……。
ナンカデタ。
目の前の事態を処理できずに鬼人達は固まる。
驚きのあまり動けずにいる魔物側に対し、人間側はというと、「よっこらせ」と大きな木箱を水から先に上げ、その後、自分も悠々と上がっていた。
人間を排出し終えると、その水は小さくなり、その場から消えることとなる。
「……」
--……。
鬼人達と男は無言でお互いを観察する。
男の首元には浄化のクリスタルが光っている。それが羽撃く鳥の形に加工されているのがなんとも不可思議だ。
腰には長剣が携えられていた。
ツブシタイ。
クリスタルの光も、男の
何より鬼人達をくすぐったのは、男から放たれる莫大な生命力の匂いだった。
ここ一帯半径10m圏内は鬼人達を生み出したドロにより瘴気がまだ漂っている。
この瘴気に紛れていれば、鬼人は不死身なのだ。
--オオオオオオオオオオオオオ!!
鬼人が咆哮を上げながら、渾身の力で棍棒を横に振るう。ブオンと風を切る音が鳴るも、男に当たった手応えは皆無。
男の姿を探した時、棍棒を持つ腕がバラバラと崩れ落ちていく。
--グアァ!? ァ?
剣で腕を刻まれた、と知るや、鬼人の天と地が反転する。男に首を落とされたのだとわかった。
だが、まだ死なない。瘴気の中にいれば自然と怪我は回復する。鬼人は頭を片手で捕まえ、それを自分の首に戻そうとした。
「“ぶん殴り”」
それよりも速く、男が鬼人の頭と胴を別方向に殴り飛ばす。
あり得ない程の力が加わり、頭部だけでなく、かなりの重量がある胴までもが、瘴気から外れた圏外まで吹っ飛んでいく。
瘴気の外では傷は治らない。その鬼人は首と胴が離れている状態でしばらく痙攣していたが、やがて動きを止め瘴気へと還った。
二体目の鬼人は男ではなく、男が置いた木箱を狙い棍棒を振り下ろしていた。
この箱からも薄めではあるが人間の臭いがするのだ。
「おいこら。そいつに触るんじゃねぇ」
男が振り下ろされる棍棒を横から剣で叩き軌道を変える。棍棒は木箱の直ぐ横の地面を深く抉った。
鬼人は直ぐに棍棒を地面から抜こうとする。
だが、それは叶わなかった。
棍棒が男に踏みつけられ地面に縫い付けられていたのである。
--ガアアアアア!??
棍棒を両手で握り全力で持ち上げようとするものの、踏みつけられたままの棍棒はびくともしない。
ナントイウチカラカ。
コレガ、ニンゲンナノカ?
鬼人は心底疑問に思った。
ダガ、マダオワリデハナイ。
鬼人は棍棒を手放し、男の首を牙で噛み砕こうと身を乗り出した。
ガン!
鬼人の視点が急に空中へと変わる。
顔面全体からは顔中の骨が粉砕したような激痛を感じる。
程なくして、男に顎を蹴り上げられ、上空に飛ばされたのだと知った。
実力領の長城よりもさらに上、瘴気から外れた上空にいる鬼人に向かって、男の長剣が回転しながら飛んでくる。
--グアアアアア!!!
宙で暴れる鬼人の首を、剣が的確に通過する。
鬼人は空中で絶命し、瘴気へと変わることとなった。
回転しながら落ちてきた剣を、男は軽々しく手で捉え鞘に戻した。
「……大丈夫だったか?」
男が木箱に向かって問いかけると、木箱からコンコンと小さくノックが返ってきた。
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