25話 白銀の王


 信仰領側の戦場。信仰領西門前にて。


 3万人の信者達を前に、実力領の国王ゼフィールが王国軍に出した指示は徹底的な鏖殺おうさつであった。


 王国軍の容赦なき殲滅に、信者達の統率は直ぐに破綻することとなる。

 死に物狂いの攻撃も、必死の命乞いも、全力の逃走も、全てが無意味に終わった。


 圧倒的な武力を前に、信仰領の信者達は薬剤で忘れていたはずの死の恐怖を深く味わうこととなったのである。



 夜となり、月の光が届かない瘴気に囲まれた国を、マザークリスタルの光だけがふんわりと照らしている。


「さて、30分経ちました。お目覚めください、ゼフィール陛下」

「む……」


 兵士長の男バルハロクに声をかけられ、実力領の国王ゼフィールは木に背を預けた姿勢で目を覚ました。


(私は寝ていたのか。うっ、まだ眠い。魔術を使用した代償か……)


 眠気がまだ残っているが、これ以上戦場で寝こける訳にはいかない。ゼフィールは顔を軽く振り、立ち上がった。


 赫眼かくがんはクリスタルの魔力を消費し魔術として使用する力を持つ。だが、その能力の代償に魔術を使うごとに体力が消耗されていき、使い過ぎると耐え難い眠気に襲われることになる。


 ゼフィールの周りを王国軍の兵が円陣を組み護っている。


「バルハロク。私が休憩している間、問題はなかったか」

「はい、問題なく。陛下のお寝姿は今日もお美しくいらっしゃいました」

「……お前は男にそれを言われて喜ぶ男がこの世にいると思うのか? 戯言はいらぬ。さっさと報告を済ませよ」


 寝起きであることも相まって、ゼフィールは不機嫌に返す。

 直ぐにバルハロクが「失礼しました!」と慌てて失言を詫び、報告を口にした。

 

「仰せの通り、ゼフィール陛下が小休憩している間に、俺の方で兵士達に確認を済ませておきました。やはり戦った信者達の中に指導者らしき者はいなかったようです」

「ふむ。では、実力領方面より上がっていた白煙を考えると、こちらが囮で、実力領側に本隊があったということであろうな」 


 その白煙も今は終息している。実力領に残る者達が鎮圧に成功したのだろう。


「実力領は今頃どうなっていますことやら。エーダン率いる南方護衛団がうまく機能しているとは思えませぬ」

「団長Aには最初から期待はしていない。どうなっているかは帰ればわかることだ。ここで問答しても仕方なかろう」

「左様でございますな!」


 バルハロクが「ガッハッハッ」と豪快に笑う。その大男は何百もの信者を大剣で叩き斬ったことにより、全身が血飛沫で赤黒く染まっていた。

 対し、ゼフィールは一万人以上殺傷したにも関わらず、一滴の返り血もなく、その髪は変わらず白髪のまま、クリスタルの光が反射し白銀に輝いていた。


 圧倒的な力と美を持つ王に、兵士達の視線が集中する。


 それを意に介した様子もなく、ゼフィールは思考していた。


(信仰領西門の戦場ではグール入り瘴石しょうせきの使用はなかったか……。大方囮の部隊には勿体無いと考え、実力領側の本隊にて使われたのだろう。ジオ、お前は放っておけないはずだ。今回はどのようなを見せてくれるのであろうな。楽しみだ)


 白馬に乗り上げ、実力領を向く。

 込み上がる笑みを手で覆い隠しながら。


「此度の戦、我らの勝利だ! 皆の者! 勝鬨を上げよ! 実力領へ帰還するぞ!」


 ゼフィールが部隊を振り返り、大声を上げる。


 兵士達は歓声を上げ、実力領の国旗、剣を象徴した旗を掲げながら、白銀の王へと続いた。


 風の魔術の効果はすでに切れている。にも関わらず、追い風が称賛するかのように吹き荒れ、騎馬や兵の歩みを支援した。


 総勢3000人であった実力領王国軍からは200と死者は出ていない。

 対し、信仰領側は敵対した信者達3万人が死体の山となり信仰領の西門の前に残された。


 後に、この結果が信仰領ヴァルハラの統率に波紋を広げることとなる。

 


 

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