24話 南門の戦い 終
南門前。戦場の中央にて。
魔物化した右腕に狼狽しながらも、ジオは徐々に思考を取り戻してきていた。
(僕の腕が魔物に……! 僕は能力を使う度、少しずつ魔物になっていたのか? 瘴気の影響を受けないのも、瘴気を吸収することで能力が向上するのも、完治不可能な焼印が治ったのも、全部全部僕が瘴気の魔物に近づいていたからだったんだ……!)
魔物となった右手を見る度吐きそうになる。正体不明の能力に頼り続けた結果は重くのしかかってくるようだった。
「ジオ」
女の声に振り返る。声をかけて来た人物は信仰領側の人間ナタリであった。
近くには矢を受けて発狂した後気絶している教主がいる。にも関わらず、ナタリは教主を素通りし、何を思ったのかこちらに声を掛けてきたようだ。
「ジオ、その腕はどうしたのでございますか?」
「来るな……!」
地面に膝をついた姿勢のまま、折れたファルシオンをナタリへと向ける。
フー、フーと荒々しく息を吐きながら、目の前の女をできる限り鋭く睨むものの、戦意はすでに挫けていた。
今この頭が碌に回っていない状態でナタリと戦っても勝てはしないだろう。
だが、信仰領に捕まってはいけないことはわかる。
「落ち着いてくださいませ。あなたをどうにかするつもりはございません」
ナタリがジオへ手を伸ばした瞬間、腕に目掛けて矢が飛来してくる。ナタリはすぐに振り返り剣でそれを叩き落とした。
「ジオさんに触らないで!」
--ギャイアアアアアアアアア!!!
次の矢を番えるアジュ。そして、アジュを乗せたリヴァイアタンが雄叫びを上げながら怒りの剣幕で走ってくる。
「……成程。今はあなたとまともに対話することさえ、わたくしには許されていないようでございますね」
ナタリは諦めたように手を下ろし、代わりにスカートの両端の裾を軽く持ち上げ、場違いにお辞儀をしてきた。
「……は?」
「ジオ。先日は態々信仰領に足をお運び頂き、誠にありがとうございました」
この礼はいずれ必ず、とナタリがにっこりと笑う。
「……??」
ジオはポカンと口を開けたまま固まるしかなかった。
意味がわからない。
ナタリが何を言っているのか。何故自分に礼をしているのか。何故敵である自分を穏やかに見つめるのか。
ナタリはそれだけを言うと、倒れている教主を担ぐように信者に指示を出し、信者と共に信仰領へと去っていった。
南門前の戦場にはエクレアメンバーだけが残された。
アジュがリヴァイアタンから降りてジオの元へ駆けてくる。
「ジオさん、大丈夫?」
「アジュ! 僕に近付くな!」
切迫詰まっているためか、存外に大きい声が出る。アジュは喉をひゅっと鳴らし、悲しげな顔で足を止めた。
「な、んで……? ジオさ、ん、は、わた、しに、近付い、て、ほしく、ないの……?」
「僕は危険なんだ! 僕の腕が魔物化した! 君を、皆を傷つけてしまうかもしれない! 僕はエクレアには、実力領には帰れない。帰らない方が、きっと良い。もしかしたら僕はもう魔物になっているのかもしれないから……だからっ……!」
ジオは一気に捲し立てる。言っていることは滅茶苦茶だし、嫌な妄想が止まらなかった。
「そっかぁ。ジオさんが怖がっているのはその腕なんだね。大丈夫だよ」
あれこれ考えていると、アジュが上着を脱ぎ、ジオの右手にそれを巻きつけてくれる。
彼女の白い肩と二の腕が剥き出しとなった分、ジオの魔物化した手が視界から消えた。
「あ……」
「ほら、触っても大丈夫だったでしょ。ジオさんの手は私を傷つけたりしないよ。ジオさんは本当に優しいね。こんな時でもエクレアの皆のことを気遣ってくれるなんて。そんなに優しいジオさんが仲間を傷つけるはずがないよ。一緒にエクレアに帰ろう?」
アジュが恐怖を感じさせない顔で笑い、手を差し出してくる。
「……帰っていいのかな。こんな状態の僕が、エクレアに」
「勿論だよ。シバちゃんもブッチさんも、皆ジオさんの帰りを待ってるよ」
ジオは差し出された手に躊躇しながらも、少しの間を置いて左手を重ね立ち上がった。
混乱していないといえば嘘になる。
何故魔物化しているのか、魔物化が進むとどうなるのか、わからないことだらけだ。
だが、魔物化した腕が意思に逆らい周りを傷つけるようなことがないのなら、今は帰れる。
今はエクレアに帰れるのだ。
「僕をいつも支えてくれてありがとう、アジュ……。君のおかげで僕はエクレアに帰れるよ……。変貌が進むことを覚悟したはずなのに取り乱すなんて、君には情けないところを見せてばかりだね……」
「え、全然いいよ! かっこいいジオさんも良いけど、弱ってるジオさんなんて凄く貴重だもん! 間近で見れて嬉しいよ!」
「ははは……冗談だよね?」
何故かテンションが上がるアジュ。
アジュの興奮は収まらず、戦っている最中のジオの様を雄弁に語り始めた。
夢中で語るアジュは気づいていなかったが、話の間、ジオは苦笑しながらも、ちゃっかりとアジュの手を握ったままでいたのであった。
それを遠目に見守っているエイト、ベヒーモス、バハムート、リヴァイアタンである。
「うへぇ、ジオ先輩あからさまに目ぇつけてんな〜。アジュ先輩ってぽけぽけしてるから、あっという間に食われちまいそうだぜ。そう思わねぇ?」
「ほほう。人間が人間を食うでござるか。穏やかではない話でござるな」
「我はジオがあの小娘を拒絶した時には心底穏やかではいられなかったがな。毒を食らわば皿まで、か。まぁ両者が幸せなら、それも良いのだろう」
リヴァイアタンはエイトによって体に刺さっている剣を抜かれながら、「きゅうぅん……」と物欲しそうに見つめていた。
その後、ジオ達は実力領の東門へと行き、アイリス達護衛団に信仰領小部隊を撃退したことを伝え、護衛団の捨て身の突撃を止めることに成功したのだった。
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