18話 アガレバシヌ

 フェニックスは空いてる窓から南門の砦へ急いで入り、そして愕然とした。


 砦の中では、見張り担当の南方護衛団達による盛大な麻雀大会が行われていたのである。


「こんな時に何してんの!?」


 雀の疑問に答える者はいない。

 砦にいる南方護衛団は国が戦争に赴き監視がないために、今だけと全力で浮かれているのである。

 動揺しながらも、フェニックスはそれぞれの卓に行き、信仰領が瘴気の領域からこちらに向かってきている旨を伝えた。


「ははは、信仰領にそんな度胸なんてある訳ないだろうに」

「今リーチしてるとこなんス。この局が終わるまで待つッスよ」

「ゼフィール陛下がついてるんだぜ? 大丈夫だろう(それよりさ、下家しもちゃがリーチしてんだけど、アガり牌、ちょっと見てきてくんない?)」


 警告に取り合わず、麻雀に夢中でいる護衛団達。

 雀はイラっとする。


「あのさ。あたし、長時間飛び回った挙句、信仰領がここに来ることを早く伝えなきゃって、全力で飛んでここに来たんですけど」


 無視。


「可愛い雀がこんなに健気に尽くして助けてやろうとしてんだけど」


 尚も無視。

 その様子に雀は怒りを通り越して、あ、もういいわ、と冷静になる。


「こんなクズどものために躍起になってたアタシが馬鹿だったんだわ。アイリスはカタラーナの本部ね。早く伝えに行かなきゃ。価値のないクズどもの相手ばかりしてたら、助かる価値のある人間が助からなくなるわ」


 ばいば〜いと、フェニックスは颯爽と砦から飛び立っていった。



 一時間後。南門の砦にて。

 負け続きだった南方護衛団団長の男エーダンに、45年余り生きて来た中で史上最高のツキが回って来ていた。


 一一一二三四伍六七八九九九

 萬萬萬萬萬萬萬萬萬萬萬萬萬


 九蓮宝燈チューレンポウトウテンパイ、一萬〜九萬の九面待ち。


「……」


 麻雀を長年打ち続けてきただけあり、エーダンはポーカーフェイスを貫く。だが、その内ではつま先から頭のてっぺんまで、並ならぬ興奮に悶えていた。


(こ、こここここれはこの配牌は幻の九蓮宝燈チューレンポウトウテンパイーーーー!!!??? うはおおおおー! 横一列に整然と並ぶ配牌のなんと美しきことか!)


 幻の役満の足掛かりに、鼓動が爆音に鳴り響き、足場までもがぐらぐらと揺れ始めたような錯覚に囚われる。


「団長! 外部から砲撃を受けています!」

「相手は瘴石しょうせきと火薬を一緒に打ち込んで来ているようですよ! うわ、瘴石から黒いドロが、グールが、うわああああああ!」

「エーダン団長! 何をぼけーっと座ってんスか! 砦が倒壊するッス! 早く逃げるッスよ!」


 周囲の団員達が何かを言っているが、エーダンはそれどころではない。

 顔ではポーカーフェイス。だが、腕は尋常ではない程に震わせながら、ツモ牌に手を伸ばした。


(天よ! 人生最高の瞬間を我に与えたまえ……!)


 そうして、男は自分の未来を引いた。


 それと南部の砦諸共卓上の牌が吹き飛ぶのはほぼ同時であった。



「ゲホッ……なんだ、何が起きたんだ……? 私の九蓮宝燈は何処へいったというのだ……?」


 白煙と瘴気が入り混じる中、エーダンが見たのは、地面に広がった黒いドロに飲み込まれていく護衛団団員達。

 そして、そのドロから、次々と上がってくる人型の魔物グールの群れであった。


「……何故だ?」


 異形の化け物から逃げるべく、うつ伏せの体を起こそうと試みるが、足に激痛が走り起きることができない。

 瓦礫に両脚を挟まれ、身動きができなくなっていた。


--ア゛ー…ア゛ー…


 グール達が血肉に飢えた目で、細く鋭い歯を覗かせながら、ゆらりゆらりと着実に迫ってくる。


「ひいいい! 何故だ!? 何故何故何故何故何故こんなことに!??」


 全力で足を引き抜こうとした時、ふと、右手で最後のツモ牌を握りしめていたことに気がつく。


 手を開きそれを見た。



『一萬』



 九蓮宝燈ツモアガり。


「アガッだっ……」


 エーダンの穴という穴から様々な分泌物が一斉に流れ出た。


 感動に震えながら、グール達に牌を掲げる。


「みでぐでっ……わだじは、九蓮宝燈をアガっだぞ……!!」


 グール達は小首を傾げた後、小さな四角をスルーして、目の前の新鮮な肉へ一気に食らいついていった。


 絶叫が鳴り響く中、瓦礫の下敷きになっている団員が、「だから死ぬんスよ」と掠れた声で呟いた。



 


 

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