19話 アイリスの決断

 フェニックス(雀)は南門の砦からカタラーナの街へ行き、南方護衛団の本部に待機するアイリスへ報告した。


 信仰領が瘴気の領域から攻めてきていると。南の砦にいる護衛団達は助からないだろうと。


 アイリスは雀の報告に真剣に取り合った後、他の団員を交えて議論し、とある決断を出した。



 カタラーナの街。エクレアにて。


 ジオ達はフェニックスより南方護衛団からの指示を聞いていた。


 すでに南門からいくつものグール入りの瘴石が打ち込まれており、まもなくカタラーナにグールの大軍が到着する。

 冒険者ギルドには、グールが街の中に入らないように、防護柵を作って街を囲ってほしい、とのことである。


「柵を作っている最中でもグールに遭遇すると思うわ。ギルド集会所に交渉して、それぞれの冒険者ギルドに二つだけクリスタルの首飾りを渡せるようになったの」


  「取って〜」と雀に促され、ジオは雀の首に下がっているかばんから、クリスタルの首飾りを二つ受け取った。

 グールから発せられる瘴気への対策に使え、ということなのだろう。


「人数分なくてごめんね〜」

「僕らは元々少人数だし、二つでも十分だよ。それより、国の外にいる信仰領はどうするの?」

「それが……南門やその周りの長城の内側に広範囲のドロがあって、南部から国の外へは行けなくなっているの。グールもわんさかいるしね」

「それで?」


 雀の声は消え入りそうな程に小さくなる。


「……アイリス達は東方面の護衛団と合流して、東から突撃を仕掛けるつもりよ……」

「……」


 ジオは一瞬で苦虫を数匹噛み潰したような険しい顔つきになる。


 地の利があり、大砲を所持している相手への突撃。

 護衛団へ、遠くから一方的に砲弾が撃ち込まれていく光景が容易に想像できた。

 砲撃から運良く生き延びられたとして何ができるだろう。たくさんの矢を浴びせられて終わりである。


 負け戦だ、と直ぐにわかった。


「アイリスが考えたのは、冒険者ギルドに街の防衛を任せ、護衛団は信仰領へ決死の覚悟で挑む。それで全滅したとしても砲弾の消耗が狙える。そういうことかワン」


 フェニックスがしゅんとしながら頷く。


「あたしさ、自分にとってどうでも良い人間がいくら死のうとどうでも良かったの。でも、それでアイリスが死んじゃうかもしれない事態に発展するなんて……」


 雀は言葉を切った後、「次のギルドのところに行かなきゃ」と窓から飛んでいった。


 部屋がしんと静まりかえる。


「……シバ」

「今考えてるところワン」


 懸命に護衛団を助ける術を探してくれるシバ。その頭にバハムートが登り何かを喋り始め、さらにベヒーモスもプピプピと鼻で鳴きながら加わった。


 犬、トカゲ、豚による動物会議が行われる。


「なぁなぁ、ジオ先輩。あいつら見てるとさ、なんかホワホワ〜ってしてこねぇ?」

「……こんな時に不謹慎だぞ、エイト」


 と、エイトを軽く叱りつつ、ジオも動物会議を遠目に見て、束の間癒やされるのだった。



 議論の結果が出たのだろう。

 シバがジオへ向き直る。


「信仰領を追い払う術は見つかったワン。ただ、それを話す前に、ジオに確認したいことがあるワン」

「僕に?」

「ジオ、はっきり伝えておくワン。ジオは瘴気を吸収することで能力を一時的に向上させることができる。でもその代償に腕の変貌がさらに進んでしまう可能性が高い」

「……うん、そんな気はしてた」

「今回の作戦は自分達から瘴気の中に飛び込むことになるワン。その能力を使わないといけない事態になるかもしれない。ジオはその時どうする?」


 その問いかけに、アジュと浴場で話をする前の自分だったら、心構えができていず答えられなかったことだろう。

 シバを真っ直ぐに見て答える。


「やることは変わらない。僕にできる努力を全力でするまでだ」


 シバは嬉しそうとも寂しそうとも取れる表情でへらっと笑った。


「やはり、ジオには”雷の冒険団エクレア”がぴったりワン」

 


 

 作戦を聞いた後、ジオ達は信仰領と戦う準備を進めていた。

 ブッチはすでに街の柵作りに加わっており、シバはエクレアで留守番することとなっている。


「よっしゃー! 俺様の輝かしいステージがやっと来たぜ! 信仰領よりもジオ先輩よりも絶対に目立ってみせるぞー!」


 下ろしたての双剣を振り、張り切りまくるエイト。


 アジュも一本一本点検しながら、矢を矢入りに詰め、準備を進めている。


 信仰領は薬物を使用しており、恐怖も痛覚も鈍麻した状態でこちらを殺しに来るだろう。同じ気概でいかなければこちらが殺られる。

 それはわかっている。


 けれど。


 ジオはせっせと作業に集中している少女の細腕をおもむろに掴んだ。


「ジオさん!? あわわわわ、急にどうしたの」

「あのさ、これは僕の我儘なんだけど……。今回の戦いでは君はできるだけ人を殺めないようにしてくれないか」

 

 そう言い出したのは、灼熱の冒険者ガネットの娘を人殺しに染めたくない故であった。


 少女が純粋な顔で首を傾げる。


「ジオさんが望むならそうするけれど、でも、できるだけって具体的にどういう風にすれば良いのかな?」

「最初は急所を外して、まずは腕を狙うようにするとか、そんな感じにできる範囲で努めてくれればいいよ」

「腕を射っても攻撃を止めなかったら?」

「うーん、今度は足を狙うとか」

「それでも止まらなかったら?」

「その時は仕方がない。額を狙おう」


 その前に僕が斬るけどね、と内心で付け足す。


 アジュは「それなら矢がいっぱい必要になるね」とはにかみ、矢入りを3つ準備してくれた。

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