9話 瘴気のダンジョン
信仰領の地下は通路の入り乱れる瘴気のダンジョンとなっていた。
湿度が高く、ところどころに水流も見られた。そのため、水域に生息する巨大なミミズの魔物ワームやカエルの魔物フロッグに遭遇することとなった。
エイトがすでに腐食症状に侵されている状況で、相手にしている余裕はなく、ジオ達は魔物をすり抜けながら、上を目指し進んでいた。
「なんか、少し前にもこんなことがあったな」
「小僧、どうした、急に」
「いや、急に思い出しちゃって。ほら、王国クエストの時のダンジョン。状況が似ているせいかな」
「……王国クエストのあのダンジョンと似ているだと……?」
バハムートが何かを考え込んでいるのか、無言になる。
その時、「剣が欲しい、剣が欲しい」と、ブツブツ呟いていたエイトが、どてっと変なこけ方をした。
「エイト、大丈夫か」
「大丈夫。大丈夫なんだけど、多分、俺様の、黄金の波動に、俺様の体が、耐えられなってきてるんだと、思う」
「! エイト、足は動く? 手は?」
「うん、動くよ、ほら」
エイトがふらつきながら立ち上がり、手をぎこちなくグーパーする。
腐食症状ステージ3、末梢から始まる感覚の麻痺。
その初期症状が出現していることは一目瞭然であった。
(早く地上に出ないと、エイトが危ない……!)
「バハムート、何か、何か手はないか?」
「手はある。小僧、さっきの会話の続きをするぞ」
バハムートが続ける。
「信仰領は実力領の南東に位置している。そして以前王国クエストで出向いたダンジョンの入口は南東の森だ。水流があるからわかりにくかったが、このダンジョンの造り、あのダンジョンに似ていると思わないか?」
「確かに。それじゃ、実力領と信仰領は瘴気のダンジョンでつながっているということ?」
バハムートが首を横に振る。
「実力領と信仰領だけではない。瘴気のダンジョンはもしかすると学術領をもつなげているのかもしれん。このダンジョンの広大さはそれ程の規模が考えられる」
三角に位置する三つの国の地下に巨大なダンジョンが口を開けている。考えただけでぞっとする話だ。
「話を戻そう。故に、あの時の『彼』がこの近辺にいるかもしれない」
「彼ってあの時あったウーパールーパーみたいな魔物のことか。もし、君が言う彼じゃない魔物達に先に気づかれたらどうなる?」
「どちらにせよ、このままなら同じことだ」
「わかった。やろう!」
ジオはエイトから借りた剣で地面を叩いた。
「おーい、ここだ、僕達はここにいる! 魔物は人間の血肉が好物なんだろ! 早く僕を食べに来い! じゃなければ、他のやつに喰われてしまうぞ!」
「あ、あ、俺様の剣……」
「お前なんて、ただのかわいいウーパールーパーじゃないか! のっぺーとしてめっちゃかわいい顔してるよね! あれから忘れられなくてさ、何度も夢に出てきて笑ったよ! 今すぐここに来たらエクレアで飼育してやってもいい! 餌も毎日腹一杯まで食べさせてやる! だから早くここに来い!」
涙目で手を伸ばすエイトを無視しながら、ジオは懸命に叫び続けた。
近くの魔物が声に気づき押し寄せてくる気配がする。
「ダメか……!」
「ジオ、よくやった! 彼が釣れたぞ!」
遠くから、穴の中を進む気配が一気に近づいてくる。そのスピードはアジュやルーシーと一緒に遭遇した時の倍以上であった。
目の前の石壁を破壊し、彼は姿を現した。
緑色の巨大なウーパールーパーの魔物である。
「よし、今回もなんとか上へ誘導してみせよう」
--きゅう〜ん。
「ん?」
魔物が「きゅう〜ん、きゅう〜ん」と、巨体に似合わぬ甘えた声で鳴く。
魔物の言葉は人間にはわからない。代わりに、バハムートが話を聞いてくれる。
「ほう、ほほう、な、成程な」
「バハムート、こいつ何て言ってるの?」
「え、あー、いや、お前は知らん方がいい。敵意はないのは間違いない。敵意は、な。それより、その、彼女は、お前に名前を付けてもらいたがっているぞ。そうしてくれれば、協力しても良いと」
「名前!?」
魔物がそわそわと落ち着かない様子で待っている。
「え、唐突に言われても浮かばないんだけど」
「小僧、それならバハムート・ジュニアはどうだ?」
「いやいや、他者様の人生に関わる重大なことだよ。テキトーに考えちゃ悪いって。よく考えて壮大な物にしないと」
「ジオ、先輩、それなら、エイト・ツーは……」
「えーと、えーと、神話に出てくるあれ、何て名前だったかな。そう、リヴァイアタンだ! リヴァイアタンはどうかな?」
そう、他者様の人生を左右するこの大事な局面で、ジオは神話上に出てくる聖獣リヴァイアサンの名前を言い間違えてしまったのである。
ウーパールーパーは『リヴァイアタン』という名前になった。
リヴァイアタンが「きゅうぅん」と、背中を向けてくる。
「エイト、こいつに乗るよ」
「……おう、勿論、俺様が、先頭だからな……」
「エイト、しっかりしろ!」
ぐったりと脱力するエイトを抱え、リヴァイアタンに跨った。
「リヴァイアタン、地上へ、マザークリスタルの加護下へ、全速全開で連れて行ってくれ!」
--きゅん!
「うわあ!?」
リヴァイアタンがダンジョンの壁を突破しながら地上へと向かう。その想像以上の速さに、ジオは危うく背中から落ちるところだった。
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