6話 審判の儀② ※食事前後閲覧注意

 ベルゼール大聖堂内にいる万人の信者達が、一斉に教主の男マディエスを見た。


(いやいや、そんな目で見られても、実力領を信仰領が襲撃しただなんて、私だって初耳ですよ……)


 マディエスは信者達を混乱させないために、否定したい衝動を抑え、毅然とした姿勢を崩さないよう意識する。


(とはいえ、あの野生人が嘘をついているようにも見えませんね。さしずめ、オーランド教皇が影で指示を出し、実力領に奇襲を仕掛けたというところでしょうか)


 信仰領ヴァルハラの教皇オーランドとは、平均寿命60歳の現状の中、62歳と高齢であり、自分の保身を第一に考えて行動する男である。

 今まで実領領と学術領がダブルフィールドを巡り争った際にも、自分の代で勝負をけしかけたくないのか、攻勢を見せることはなかった。


(幸いですね。大地に深く根を張り、立つことも動くこともできない岩石になってしまわれたかと思っておりましたが、多少思い切る力が残っていたようですね。ですが……)


「んな大事なこと、普通前もって部下に話しておくものだろうがッ……! そんなことも知らねぇのか、あのジジイはッ……!」


 怒りのあまり、最後は内心に留めることができなかった。



「静粛に。その件については、後程皆様にご報告致しましょう。それよりも今は2匹の豚の駆除が先決です。我らが神を冒涜した罪を、そこの懺悔の丘の底で償わせるとしましょう」


 教主マディエスが親指を下に向けて指示を出す。その合図を皮切りに、大聖堂内にいる信者達が一斉に押し寄せてきた。

 戦闘訓練もしていず武器を持っていない平民達であるが、あまりの人数と熱量に、ジオとエイトは次第に大聖堂の中央、懺悔の丘の方へと追い詰められていく。


「く、囲まれたか。逃げ道がないな。さて、どうするか……」

「ははっ、ジオ先輩見てくれよ! 俺様のファンが一瞬でこんなにできたぜ! やっぱり俺様から神々しい波動でも出てんだな」


 そんな状況であるにも関わらず、エイトは何やら嬉しそうであった。信者達の元に行っては自分を捕まえようとする手をちょこまかと避けていく。

 強者の多いエクレアであっても、エイトの素早さと身のこなし様は昔から突出していた。


「気をつけろよー! 俺様に近づき過ぎると、黄金の波動に溶けちまうぜー!」

「僕らが瘴気に溶かされそうになってるんだよ。エイト、剣片方貸して。協力してここを切り抜けよう」

「えー、やだよー。二本揃ってないとカッコつかないじゃん」

「格好なんて気にしている場合か! 命がかかってんだ! いいから貸せ!」

「やだー! カッコ良さの方が大事だー!」


 エイトは双剣を抱きしめごねる。剣を借りるのは難しそうだと、ジオはため息を吐いた。


 エイトの登場で急激に頭が冷えたのか、バハムートが耳元で絶叫していることに気がついた。


「バハムート、何、うわ」

「ようやく返事をしたか! 勝手に先走りおって! 言いたいことは山程あるが、今は切迫している! 我がこれから言うことを今直ぐに実行するのだ!」

「すまない、了解した」


 バハムートの指示通り、ジオは履いていた靴を脱ぎ片手に掲げた。先日ロギムで北部の商人から買った、新品の靴である。


「これを見ろ! これは豚の革で作られている靴だ! 今日の昼食のスープの出汁はこれだ!」



 三秒後、ジオは言わなければ良かったと、全力で後悔した。


 

 その一言に一万人の信者達が口元を覆いながら、早急にきびすを返し、大聖堂の外へと走った。

 正午からの儀式に備え、この大聖堂で食事をした者が大半だったのである。

 神聖なる大聖堂を汚したくないのだろう。皆込み上げるものを必死に抑え走っていた。

 中には間に合わず、その場に胃内容物を戻してしまう者もいた。

 昼食を大聖堂で食べていなかった者もいたが、足元に落ちているブツや人が吐く瞬間を目の当たりにし、蒼白な表情で同様に外へと走っていった。


 こんな状況にしといて今更嘘ですとは言えない。ジオは申し訳なさでいっぱいになりながらも、その惨劇の行く末を見守ることしかできなかった。


 地獄絵図が広がる中、エイトが「うえーい」と縛られていた人々の縄を悠々と斬っていった。

 

 15分後。ジオ、エイト、マディエス、ナタリの四名以外の者達が、大聖堂から姿を消した。

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