5話 審判の儀①
ナタリから話があった3日後の正午。
ベルゼール大聖堂では、教主マディエスによる『審判の儀』のため、各教会から万人の信者達が集まった。
大聖堂は中央にいくにつれて段々と下がっていく造りとなっている。
最前列には副官であるナタリの姿もあり、ジオは中列の位置で、審判の儀を目の当たりにし、ただただ絶句していた。
(何だ、これ……)
普段、それは大聖堂の中央にて大きな絨毯で覆われており、工事をしている箇所を格好をつけるためにでも隠しているのだろうと思い、特に気に留めることがなかった。
しかし、そこから出て来たのは巨大な石造りの扉と、地下の瘴気の空間へ続く急斜面『
「えー、ベルゼール大聖堂へようこそ。神の忠実なる僕達よ、日々の勤めご苦労であります。誠に遺憾でありますが、この度も戒律を破りし無法者が我が国から出てしまいました。それでは、本日も不浄な豚の浄化を始めるといたしましょう」
教主の男マディエスが聖書を片手に機械的に紡ぐ。
その傍には戒律を破ったとされる50人程の人々が、腕と足を縛られた状態で座らせられていた。
(まさか、人間を意図して突き落とすのか……? 瘴気の空間に……? 不浄なものの浄化として……?)
瘴気が充満している空間に人を落とし、斜面を這いあがろうとする姿を皆で眺める。
公開処刑もいいところだ。
「不浄な豚を浄化し神への信仰を示すことで、我々は真なる楽園へと近づくことができるのです」
教主の言葉に万人の信者達より歓声が上がる。
誰も疑問に思っていないのだ。
自分達の仮初の安寧のために、理不尽な
「小僧、大丈夫か?」
「大丈夫じゃない……これはあまりにも
ここでどれだけの人々が生きようともがき、どれだけの人々が瘴気に溶けたのだろう。
斜面に残る爪痕にジオは吐きそうになる。
こんな凄惨な儀式をする国がこれからもあっていいのか。疑問は尽きなかった。
教主が聖書を閉じ片手を掲げると、紐で縛られた人々の背後に信者が回り、急斜面から突き落とす備えをする。
「はああ!? まさか縛ったまんま落とすつもり!? どこまで非道なの!?」
「落ち着け、小僧! 我々の目的は偵察のはずだ! 儀式を邪魔することではない! 今出てしまってはこれまでの苦労が水泡となるぞ! 堪えるのだ!」
「うぅぅ……!」
バハムートに止められるも、沸々と湧いてくる怒りを抑えられない。
嬉々として眺めている信者達を見た瞬間、何かがブチっと切れた気がした。
「ふざけるな! 何が信仰だ! 神だ! こんなのただの狂人共の寄せ集めじゃないか! こんな儀式なんてクソくらえだ! 今すぐに僕がぶっ壊してやる!」
「だめだ、ジオ! お前ひとりにできることではない! 止まるのだ!」
もはやバハムートの声は聞こえない。
ジオは人混みをかき分けながら中央に突っ走っていった。
ガッシャァァーーーーン!
「!?」
最前列にたどり着いた時、大聖堂のモニュメントである、マザークリスタルを神に喩えたステンドグラスが、突然盛大な音と共に粉々に砕け散る。
「我らが神ぃぃぃぃぃ」
ステンドグラスを日々懸命に拭いていた信者達から、悲しげな悲鳴が上がった。
「うえーい」と、ステンドグラスを蹴り破って侵入してきたのは、黒いバンダナを額にまいた青髪の少年であった。
「お前ら、縋る神を間違ってんぜー! どうして俺様を頼んねぇんだよ! 俺様なら楽園なんかよりも、もっともーっとすげぇ世界に連れてってやるのにー!」
「な、何なんです、あなたは!?」
教主の問いに、自己主張の塊はニカッと笑い、全身でXポーズを決めた。
「俺様はエイト! 至上最強の神になる男だ!」
◆
エイトの父親は剣術の道場を営んでいる、非常にテキトーな男であった。
自分の10人の子供達に対し、『ワン』『ツー』『スリー』といったように、生まれた順に名前をつけていった。
父親は子供達に言った。「最も実力のある者こそが偉いのだ。その者に道場を継がせてやろう」と。
エイトは兄弟全員を蹴散らし「誰よりも強くなって至上最強の神になってやる! あ、道場はいらん」と宣言してしまった、実力主義の化身なのである。
◆
自分達の神を
エイトはそれを賞賛の雨だと解釈しているようで、皆に拝ませてやろうと大聖堂の中央にて四方にXポーズを決めていく。
一番目立つところで一番目立つことをしたい。
エイトとはそういう男である。
そしてついに青髪の少年はジオを視界に捉えた。
15歳と思えない程のあどけない笑顔で「やっほー」と手を振る。
「ジオ先ぱーい! マジで復活してんじゃん! すっげー! 俺様ね、豚に頼まれて『てーさつ』とやらを手伝いに来てやったんだぜー! え、ちょ、どうしてびっくりしてんのー! 信仰領にロギムが襲撃されたからここにいるんでしょー! ねぇねぇ、聞こえてるー!? 『て・え・さ・つ』! 手伝いに来たんだけどー! それで、『てーさつ』って何なの?」
ジオは「言いやがった」と、愕然とする。
大聖堂中に響き渡る程の少年の声に、信者達全てが振り返った。
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