15話 回想① 持つもの、持たざるもの


 アサヒ、10歳。


 父親に勧められた闘技大会で優勝した後のことである。


 少年アサヒはじょうろ10個を装備し、実家の農作物に水を撒いていたところであった。


「ちょっとマジで期待外れなんだけどー!」


 華やかな装いの青年がやってきて、二言程会話を交わすと、青年はげんなりとした悲鳴を挙げた。


「初対面で期待もへったくれもねぇよ。あんた誰だよ」

「嘆かわしきかな。ど田舎は王族の顔も周知されていないのか。僕は実力領フリューゲル第一王子フォール。念の為確認するけど、君は実力領最強の剣士アサヒ君で良いんだよね」

「実力領最強の剣士? ああ、前の大会でそういう称号をもらったらしいな」


 他人事のように返すと、フォールは再度「嘆かわしきかな」と息を吐き、事情を話し始めた。


「君が優勝したあの大会はね、国王と対等にやりとりができる存在を決める大事なものだったんだ。

 僕の末の弟ゼフィールが赫眼かくがんを持って生まれてしまってね。長男の僕を押し退けて、14歳の成人で即位することが決まっている。

 ゼフィールは危険なんだ。人間の身に有り余る支配欲を持っていて、国の秩序にも国民の安寧にも興味がない。弟が見ているのは天地神明森羅万象の類だ。

 しかも、弟の赫眼の属性がよりによって相手の恐怖を増幅させるものときた。弟が国王になれば恐怖政治が始まり、彼の意に誰も逆らえなくなる。だから今の内から手を打とうと考えて、国王を抑制する存在を作ろうとしたのさ」

「ふーん」


 特に興味のない話だったため、作業をしながら適当に聞いて過ごす。


「10歳の君には関心の薄い話かな。僕はね、君が優勝した時凄く喜んだんだ。弟に同じ年齢で対等な存在ができると。悩みや喜びを共有し、時に対立しては共に学び成長する。そういう普通の友人ができるとね。

 君であれば弟は受け入れるかもしれないし、君ならば弟は変わるかもしれない。

 そう期待して、僕は今日君を王国に迎え入れにきたんだ。それはもう空へ羽ばたいていける勢いでね」

「あんた、実は結構面白いやつだろう」

「だが、中身を開けたら空っぽな君だ」

「え」


 虚を突かれ、初めて目の前の王子を見据える。

 フォールは妖艶な笑みを浮かべた。


「……気に障ったかな。でも、図星だろう。君は空っぽだ。君自身にはやりたいことがない。この家業も父親の意を自分のことのように汲んでいるに過ぎない。何故わかった、て顔してるね。僕は人を見抜く力だけは誰にも引けを取らない。王国では全っ然重宝されないけどね」


 フォールはあっけらかんと言う。だが、その青い瞳はまっすぐに自分のそれを射抜いていて、まるで内まで覗かれているかのようだ。


「君は良く言えば柔軟、悪く言えば成り行き任せで取りつきやすい。本当言うとね、君と父親を言いくるめて王国に引き摺り込むのは僕にとって造作もないことなんだ。でも、しない。君みたいな望みを持たざる強者が弟の隣にいては、抑制どころか暴走を助長しかねないからね。だから言ったんだ。期待外れだと」

「……悪かったな。優勝したのが期待外れなおれで」


 焚き付けたつもりだろうが、だからといって何かを改める気持ちにもならない。

 特に言い返すこともなく、話は終わった。

 帰路を数歩行った後、フォールが「ああ!」と思いついたように手を打った。


「ねぇ、アサヒ君。僕の部下にならない?」

「断る。今の話の流れで快諾すると思うか? あんたの下にいたら暗殺業でもさせられそうだ」

「まぁそうなるよね。言わなきゃ良かったのにな。でもさ、君は考えたこともないだろうけど、この世界には君にしかできないことが多くある。そんな時間をかければ誰でもできる農業ではなく、その鬼才を持つ君だけにできることがね。それが何か気になったら、城にいる僕の元へ訪ねてきなさい」


 フォールはそう言い残し去っていった。


「……おれだけにできること……」


 男の言葉は楔でも打ち込まれたかのように残ることとなる。




「ちょっとマジで滅茶苦茶期待するんだけどー!」


 作物の芽を光速で間引いていると、冒険者ギルドエクレアの団長ガネットがやってきて黄色い悲鳴を上げた。


「……」

「え、なんで吐きそうな顔してるの。私君のこと滅茶苦茶褒めたつもりなんだけど」

「いや、またかと思って」

「え、なになに? まさか私より先に誰か来た?」


 先日第一王子フォールが訪れたことを話すと、ガネットは「ぶはははは」と笑って一蹴した。


「フォール王子バッカじゃないのー!? 10歳でやりたいこと見つけてる子供なんてそういないでしょー! あはははははははは」

「……」


 かの灼熱の冒険者は思ったことをそのまま言うタチらしい。

 一頻り笑った後涙を拭き、ガネットはずいっと鼻がくっつく距離まで迫った。


「やりたいことがないなら探せばいい! 一緒に行こう!」

「どこに……」

「冒険だよ!」


 こうして、冒険者を体験するべく、半ば強引にガネットのクエストに同行することになった。



 はずだった。



「子供が熱出たからひとりで行けってどういうことだよ……」


  ガネットとの約束の日、瘴気のダンジョンにアサヒはひとりで挑むこととなった。


 持ち物は自分の剣と、ガネットから投げ渡された丸がついた地図とクリスタルの首飾り。

 体験の身であるはずなのに、胸元にエクレアのバッジを刺されたのがなんとも不可解だ。


 そして、特段説明もなかった田舎暮らしのアサヒは、折り返すタイミングもわからずに瘴気のダンジョンを進み続け、結果クリスタルの首飾りの光を失ったのであった。


 前後左右、真っ暗になったダンジョンの中で悟る。


(これ、詰んだんじゃね?)


 もはや立ち止まって考える時間すらない。

 かなり進んだ道を今更折り返すこともできない。

 進む一択である。


 アサヒは意を決してダッシュした。

 通路を偶々屯っていた魔物を弾き飛ばし、行き止まりは蹴り破るようにしてひたすら上を目指した。

 瘴気に腐食される前に外に出る作戦だ。


 クリスタルの首飾りが光を失っている状態であるため、走っている間、瘴気による腐食症状に少しずつ侵されていくことになる。


 腐食症状ステージ1 呼吸障害。

 息を吸おうとすると肺が受け付けず、勝手に咳が出てきて苦しくなる。


 腐食症状ステージ2 全身の激痛。

 全身が謎の灼熱感に苛まれる。


 腐食症状ステージ3 末梢から始まる感覚の麻痺。

 動かしている手と足の感覚がわからなくなる。


 このように、少年アサヒは初めてのダンジョンで冒険者を体験するだけでなく、瘴気による腐食の恐ろしさもしっかりと体験していた。

 そして、わかる。

 これ以上はやばいと。

 何故なら手足の感覚だけでなく、全身を苦しめていた激痛までもがわからなくなってきたのだ。


(体験なんぞで死んでたまるか!)

 

 厚い壁を拳で突き破り、上り坂を駆け上がって行った先で、不意に眩しい光に包まれた。


 マザークリスタルの加護下、ダンジョンの外に出たようである。


「ぶはぁ! はぁー! ゲホッ、危な、かった……!」


 咳をしながら、外の空気をこれでもかというくらいに吸い込んだ。


(なんとか瘴気のダンジョンからは脱出できた……でも、ここはどこだ?)


 場所の手がかりを求めて、どこの地点かもわからない森を感覚麻痺が残る体で歩き回った。


 しばらく進むと潜むように森林に隠れた四角い一軒家を見つける。

 何かはわからないが、周囲には風に吹かれてくるくると回る棒状のモニュメントも建っている。


 看板には『ジャスティン出張研究所』とあった。


(ここがどこか聞いてみよう)


 少年アサヒは研究所のドアをノックした。


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