13話 仮説


「それで、あなたは何故わたし達を追いかけていたのですか?」


 ディアがフクロウに質問する。

 まだフクロウに対する警戒心が解けないのだろう。ディアはアサヒの背中に引っ付いている状態である。


「ジブン、キミラショウカンシタ。キミラ、アルジヲオイテススムカラ、カクレナガラオイカケタ」

「あなたがわたし達を召喚した主であると? どのようにして召喚したのですか?」


 フクロウは「ゲロロロロ」と真っ黒な瘴気を口から吐き出した。

 それが地面に泥のように広がる。


「コレヤッテタラデタ」

「……」


 ディアはフクロウから出たブツを吐きそうな顔で見つめた。


「キミ、ドシタ?」

「……いえ……何でも……。それで……わたし達が召喚される前に、そのドロに何か変化はありませんでしたか……?」

「アッタ。ナンカヒカッタ。ミズミタイニナタ」

「ふーん……」


 フクロウの答えを聞いたディアが顎に手をやってカチンと固まる。

 思考集中モードに入ったらしい。


「カノジョ、イキナリドシタ?」

「たぶん猛スピードで仮説を組み立ててるのだろう。少し待てば結果が出るはずだ」

「ニンゲン、ヘンナヤツバカリ」

「こいつはだいぶ異色な部類だ。だが、他の人間もお前のような珍妙な魔物には言われたくないだろうな」

「底辺の変態に言われて草」

「……」


 しばらくした後、フクロウはくちばしに特大のナマコを捩じ込まれて地面に倒れることとなる。


 その横で、アサヒはクリスタルの首飾りを気にしながら、ディアの復帰を待った。


「お待たせしました。あれ、フクロウさんどうしましたか?」

「ナマコをつまみ食いしようとして喉に詰まらせたらしい。あと、ディア、気をつけろ。こいつかなり人間の言葉わかるぞ」

………………」

「ふーん? それよりアサヒさん。少し荒いですが、ここに来ることになった事象について、全ての筋道を満たす仮説を一通りだけ見つけました。もしそれが正解であったら、わたし達は元いた場所に帰れるかもしれません」

「どんなだ。言ってみろ」


 ディアが今までの出来事を紐解きながら、組み立てた仮説を説明する。


「まず、自宅の前での出来事についてです。わたし達は自宅にいたところ、突然瘴気の魔物であるオークの襲撃を受けることとなりました。魔物が現れる瞬間は、アサヒさんが夢中で話をするので、残念ながらわたしは見ることが叶いませんでした」


「夢中で話をしていたのはお前な」


「ですが、瘴気のドロが出現する瞬間は見ることができました。あのドロはアサヒさんの足元、地面から湧き出すように現れていました。オーク達も同様に瘴気のドロから召喚されたと考えるのが妥当かと」


「あの時は魔物を討伐し終えた後の油断を狙われたよな。つまり、瘴気のドロを生み出せる何者かが、近くに潜んでいたということか?」


「それならアサヒさんが気配で気づくはずです。それができなかったとなると、相手は生物とは似て非なる者か、もしくは遠距離から瘴気を操作することが可能なのか、そういった存在であるのかもしれません。その何者かが、なんらかの意図があってアサヒさんを狙ったと」


「何故俺を?」


「寧ろわたしが聞きたいのですが、アサヒさんは狙われる理由に心当たりはありませんか?」


「あり過ぎてよくわからん」


 フクロウから「ヤハリクズ」といった冷たい視線を向けられた。


「……まぁ良いでしょう。話を続けます」


 ディアが説明を再開する。


「次に、瘴気のドロについてです。これは瘴気が濃縮し、魔物を召喚する入口になったものです。それが赤いクリスタルによって浄化されて、わたし達は腐食することなくここに来れたのだと思います」


「ほう」


「そこで、少々引っ掛かることが一つあります」


「引っ掛かること?」


「あの赤いクリスタルとマザークリスタルの魔力が、同じ浄化の属性になってしまうことです。色も性質も異なるのに同じ属性……。今までわたしが調べてきたクリスタルにそんな傾向はありませんでした。それで、なんだか違和感を感じるのです……」


 これは日々遺物の研究に熱心に取り組んでいたディアだからこそ抱いた違和感であった。

 赤いクリスタルとマザークリスタル。

 同じ浄化の属性か。

 それともどちらかが異なるのか。

 一方のクリスタルついてはとても考えられることではない。


「では、俺達が未来に転移したことについてはどのように説明するんだ?」


「この場にもう一つ属性不明の魔力があります」


「もう一つ?」


「アサヒさん自身の魔力です」


「ほう」


「わたしは赫眼かくがんが壊れる前、アサヒさんの魔力を視認しています。アサヒさんからは真っ赤な魔力が勢いよく噴き出し続けていました。途方もない魔力を生まれながらに持つ人間、これこそがアサヒさんが怪物じみた才能を持つ理由なのではないかと思うのです」


「それで、俺の魔力の属性が時を操る属性であるとお前は言いたいのか?」


「はい。今回は制御をしなかったので、遥か未来の出口に出てしまいましたが、アサヒさんが自分の魔力を操作できれば、少なくとも元いた時間の近くに戻れるのではないかと思います」


「ふむ」


 アサヒは自分の生い立ちを振り返る。

 父親は凡庸な農夫で、母親は虚弱な人であったと父親から聞いている。

 自分のような才能を持っている一面は特に見当たらないように思う。


「何故俺に時を操る魔力が備わっていると思う?」


「例えば、アサヒさんの先祖に時間を操る遺物を食している人がいる、とか?」


「ふっ、ははははははっ! それは面白い想像だな! ははははははは!」


「我ながらちょっと突拍子もない発想でした。ふふふふふふ、あはははははははっ」


「ホホホホホホホホホホ」


 ツボに入り爆笑するアサヒとディア。

 つられてフクロウまで笑い始める。


 束の間、三名は意味もなく笑い合うのだった。


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