12話 追跡者
完全に沈黙しているマザークリスタルを前にしてディアが何も言わないので、アサヒは自分の推察を先に言うことにした。
「これは俺達があの水たまりにより遠い未来に転移していて、この時間軸では実力領のマザークリスタルが破壊され、それにより実力領の人間は瘴気に溶けることとなり全滅している。そういうことなのか」
「……それだけではないのです」
実力領のマザークリスタルは高所に位置しているため、広く景観を見渡すことができる。
南西にある学術領も南東にある信仰領のマザークリスタルの光も同様に確認することはできなかった。
「この状況を見るに、学術領ノスタルジアと信仰領ヴァルハラのマザークリスタルも機能していないようです。たぶん、この大陸の全ての人間が全滅しているのでしょう……」
「そうか。豪快にやられたものだな……」
国一つを光で囲える程に巨大であったマザークリスタル。
それが無惨にも破壊されているのである。
そして、一部のクリスタルの残骸には、大きな爪でごっそりと抉られたような跡が残っていた。
(また魔物の爪痕か……)
アサヒはステージ5で倒れたジオの容態を想起する。
「実力領のマザークリスタルはこの爪を持つ巨大な魔物に破壊されたようですね。爪だけでこの大きさなら、全長は100m……いえ、もっとありそう……」
そこまで想像したところで、ディアが「うっ」とえずいた。
「やばい……吐きそう……」
「それなら一度吐いてくるといい。少しはスッキリするだろう」
「……そうします……」
ディアは口元を抑えながら岩の影に走っていった。
ひとりとなり、瘴気に飲まれた未来を再び見渡してみる。
人間社会が崩壊した代わりに、生き生きと広がる美しい瘴気の森。
まるで人間の存在そのものを否定しているかのようだ。
(……荒廃した未来、か。随分遠くにきてしまったものだ。悪いな、みんな。俺はもう戻れないかもしれん)
内心でエクレアのギルドメンバーに謝罪を入れておく。
しばらくすると、顔色の優れない状態でディアが戻ってきた。
「ううー……胃がむかむかするー……」
「まだスッキリしていないようだな。どれ、手を貸そう」
「スッキリ盛大に吐きました! 絶好調です! なので、もう大丈夫です」
「……? そうか」
ディアはこほん、と咳払いをすると、少し距離を置いた先にある一本の木へ振り向いた。
「それで、わたし達に何か用ですか? ずっと後をつけてきてますよね」
「……?」
ディアの視線の先を見るが、その木には何者も見つけられない。
少しの間を置いて、太い枝の上にゆらりと、黒い生物が姿を現した。
黒いモサモサな羽毛に、金色に光る瞳。
姿形、大きさと共に、少し小太りな動物のフクロウのように思える。
「何だあの鳥は。いきなり現れたぞ」
「ここに到着してからずっとそこに停まっていましたよ。アサヒさんには見えていなかったようですが」
「む、そうなのか」
姿を隠している状態でディアだけに認識できたというのは、彼女の壊れた
「ロ……ロ……」
黒いフクロウが辿々しく言葉を紡ごうとする。
「ロ? 何か言おうとしているな」
「ロ……ロ……」
フクロウは冷笑を浮かべた。
「ロリコン……ヤロウ……」
アサヒは鞄から取り出すと、フクロウへ豪速球でナマコを投げつけた。
「ギャエー!」と悲鳴を上げながら、フクロウが地面に落下する。
「アサヒさん! わざわざ姿を見せてくれた相手にいきなりなんてことをするのです!?」
「手が滑った」
「ロ、ロリコン……キチク……ヤロウ……」
「何も懲りていないようだな。今度はふん縛った状態で上空に高い高いでもしてやろうか。鳥らしく(笑)」
「アサヒさんダメですって! その子は人間の言葉がよくわかっていないだけなのです! たぶん」
打撲の怪我が瘴気で治ったのか、フクロウはむくりと起き上がる。
改めて観察すると、フクロウの全身からは黒い瘴気が噴き出していた。
「体から瘴気が出ているな。怪我も瞬時に治るということは、お前は瘴気の魔物なのか?」
「……カトウセイブツガ……ワキマエル……」
「あ?」
「マモノ、ショウキダセル……ニンゲン、ショウキヨワイ……マモノ、ニンゲンヨリコウトウ……ジブンニシツモンスルナイ……クタバレ……ザコ……」
アサヒはフクロウの頭をむんずと掴むと、フクロウが残像で8匹に見える速さで振り回した。
しばらくした後、フクロウは蒼白な顔で横に伏していた。
「瘴気に耐性がないというだけで、お前より雑魚とは限らんだろう。立場はわかったか、雑魚」
「ニンゲンヨリマモノノホウガコウトウ……ナゼジブンカテナイ……? ワカラナイ……」
悲しげに伏しているフクロウに、ディアが歩み寄ろうとする。
「ディア。安全性が確認できていない。無闇に近づくな」
「距離は保つので大丈夫ですよ。それに安全性はすでに確認済みです。最初の洞窟に食べかけの小さな木の実が落ちていました。あそこを棲家にしていたのでしょう。つまりこの子は木の実を探して食べるくらいしかできない弱い魔物ということなのです」
「ほう」
根拠があるのであれば良し。
アサヒは二名を見守ることにした。
ナマコを投げつける準備を忘れずに。
「それで、大丈夫ですか? あまりアサヒさんを挑発しない方が良いですよ。怒ったアサヒさん程怖いものはないのですから」
数歩進んだところでディアがしゃがみ込み、フクロウへ静かに声をかける。
人見知りとして喋る魔物が怖いのだろう。
10mは空いた安全な距離が保たれていた。
「……」
むくりと起き上がったフクロウは大きな翼を広げ、ばさりとディアの目の前へ羽ばたいた。
「ひ!? 瘴気の魔物に襲われるー!? いやー! 来ないでー!」
「……」
ディアの悲鳴に、フクロウは自身から出ていた瘴気を消失させる。
「コレナラ……コワクナイ……」
「あれ、瘴気が消えた……?」
「キミ、ムガイ……ジブンモムガイナル」
「あ、ありがとうございます……」
「キミ、ヤサシイ……ソコノクズトハチガウ」
(見上げた根性だな)
減らず口が減らないフクロウに、呆れを通り越して感心する。
どうやらこのフクロウのような魔物は、自身から漏出する瘴気を制御できるらしい。
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