11話 未開の地の正体

 アサヒ達は高低差の激しい山の中を進んでいた。


 並の冒険者であれば、体力を大きく消耗してしまうため、回り道をしてでも避けるのが普通であろう。


 疲労の「ひ」の文字も感じたことのないアサヒには関係のない話で、急な上り坂も下り坂も苦もなく一定のペースで進んでいた。

 

「はぁ……なんだかアサヒさんを見ていると、常識がわからなくなってきます。足が重くなったりしないのですか……?」

「俺は動きながら使っていない筋肉を休ませている。つまりは体を常に回復させている状態にある。心配は不要だ。それよりお前こそ大丈夫か? 具合悪そうに見えるが」

「まぁまぁ大丈夫ですが……高低差に少し酔ってしまったようです……」

「まだしばらく続きそうだぞ」

「ひぃぃ〜〜」


 ディアがげんなりとした声を上げて、頭に上半身を預けてきた。


 肩車をされているディアの頭にはソード草の種から作った鍋が被せられ、茎から作った紐により顎の下で結ばれている。


 彼女曰く、『鍋を持ちつつ防御力を上げられる二重の得がある論理的な方策』らしい。

 よくわからないが、紙のようなディアの防御力を底上げできるのであれば大歓迎である。


「それにしてもヘンテコな格好だよな。エクレアのギルメンに見せられないのが残念だ」

「褒めてくれてありがとうございます……それよりアサヒさん……できるだけ早くこの地帯を突破してくれませんか……? わたし、ちょっと限界かもです……」

「スピードを上げてもいいが、お前は大丈夫なのか」

「大丈夫です。鍋を装備して、わたしの防御力は格段に上昇しています。そうですね。わたしの初めの防御力を1とすると、今は3倍に膨れ上がったといった感じでしょうか」


 防御力 1×3=3

 ありが3匹集まったような数字である。


 とにかく大丈夫とのことだったので、遠慮なくアサヒは横の断崖から飛び降りた。


「ひぃい!? いやぁあああ!」


 ほとんど垂直な壁を滑り降り、下に降りた後もその勢いのまま走り続け、急な登り坂を数ステップで登り切る。


 その先は捻れた木で入り乱れていた。


 木の下をスライディングしながら潜り、前方に立ち塞がる倒木は片手の力で飛び越える。

 走るスピードは変えない。変えたら肩車をされている彼女がさらに酔うから。

 

「おい、しっかり頭に掴まっていろ。落っこちるぞ」

「いや、いや、いやぁ!」


 ディアの悲鳴が止まないが、その反面アサヒは楽しくなってきていた。

 高低差の激しい森はアスレチックのようで良い。


「こんな感じの荒れた山が、実力領の近くにもあったな」

「いやぁぁぁ! ……え? あ、いやぁあ!」

 

 前方に幅20m程の大きな地割れが見えてきたので、アサヒはさらに加速し、その上を大きく跳躍した。


「ぃゃぁぁぁぁあああああああああ!!」


 底の知れない暗闇を飛び越えている間、この世の終わりとも思える絶叫が頭上から降り注いだ。


 ズザァァァと地を滑りながら、地割れの向こう側に着地する。


「よし。ディア、峠は越えたぞ。良かったな。ここからはなだらかな地帯だ」

「はー、はー、死ぬかと思った……」


 頭にしがみついていた手と足にほとんど力が入らなくなっていたため、一度ディアを肩車から降ろす。

 腰が抜けてしまったようで、ディアはペタリとその場に座り込んでしまった。




 雑草も低く、比較的歩きやすくなった森の中を、中型クリスタルを経由しながら進む。


「アサヒさん、4時の方向に進んでください」


 突然ディアが道を指定したため、不思議に思う。


「何か見つけたのか?」

「ちょっとした確認です。何もなければそれで良いのです」

「……? とりあえずわかった」


 ディアの指し示す通りに進んでいると、前方に石の壁が見えてきた。


 ところどころが欠けており、崩れてしまっている部分も多く見られるが、この壁の幅、煉瓦の造りに見覚えがあった。



 これは、実力領の外辺を囲っていた長城である。



「……ディア、これはどういうことだ?」

「どうして直ぐに気づかなかったのでしょう。これまで通ってきた地形も、実力領南門前の瘴気の森と地図の通りほぼ一致しています。地割れとかは、それには記されていたりしませんでしたが……」

「だが、ディア。これが南門の長城だとして、ほとんど壊れているし、苔に覆われている箇所もある。明らかにかなりの年季が入っている状態に俺には見えるぞ」

「……その通りです……」

「……」


 ディアが震えた声で肯定する。

 アサヒは一週間程前に、王都の議会に喚ばれ、各担当の報告を聞いていた。

 実力領の長城が魔物や敵国に襲撃されたという報告は聞いていない。


 --。


 ディアが掠れた声で「確認しましょう」と呟いた。


「実力領の街を、そして王都にあるマザークリスタルがどうなっているのか、確認してみましょう」

「そうだな」


 平静を装ったつもりであったが、歩みは早足になっていたと思う。


「……」


 移動の間、お互い無言であった。




 実力領の南門から近いのは、エクレアのギルドのある街、カタラーナである。


 その位置に辿り着いたが、やはり森に侵食されており、街は廃れ瓦礫となっていた。


 そして、人も、動物の気配もない--。


「……次は王都だな」

「お願いします」


 ここまでの移動で魔物に遭遇しないのは、身の内から殺伐とした雰囲気が溢れていたからなのかもしれない。


 嫌な予感がした。


 実力領の中にいるにも関わらず、マザークリスタルの光が全く見えないのである。


 その代わり、行く道や街があったであろう場所に中型クリスタルが光っているのが不気味に感じる。


 他の街と同様に、廃れた王都バベルの有様を見て、頭にしがみつくディアの手にぎゅうっと力が込められた。


 そして、王都バベルの中央、マザークリスタルがあった場所へ辿り着く。



 実力領を守っていたマザークリスタルは、根本から砕けており、一切の光もない状態であった。



 

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