10話 2日目の朝
夢を見た気がする。
学術領の外にあった小さな研究所で。
ディアとその両親と食卓を囲う。
父親ジャスティンは厨二全開で。
母親イグナは感情を表さずに淡々と頷く。
4歳のディアが遺物の研究について語ると、
『上出来だ、ディア! それでこそ私の娘だ!』
と、父親ジャスティンが口癖を言いながら、ディアを抱いて高く掲げた。
まるで輝かしい王冠を尊ぶかのように。
そんな昔を彷彿させる夢。
いつからだったろう。
ディアから両親の所在について話題が出なくなったのは。
聡明な彼女のことだ。すでに察しが付いているのかもしれない。
ディアの父親と母親は、すでにこの世にいないであろうことを。
瘴気の森、2日目の朝。
(いつか話をしなければならないな……)
重たい気持ちを抱えながら、アサヒは目を覚ます。
頭上では、ディアがぶかぶかのジャケットをたくしあげつつ下着を上げているところであった。
「「あ」」
すぐにジャケットで隠されたが、それはしっかりと目に焼き付いた。
13歳の少女の程よく白い太腿。
そして、大人びたレース生地の『赤』。
「な、ななななんでーーっ!?」
たちまちにディアの顔は羞恥と怒りで真っ赤になる。
「だ、大丈夫だ。ギリギリ見えてな」
「なんで今目が覚めるのですかーーー!」
お前こそなんでそこで着替えてるんだ。
そう聞きたかったのだが、顔面に鍋が振り落とされたためにできなかった。
比較的温暖であった気候のおかげで、ディアの服は一夜で乾くことができていた。
背後から、ディアが半袖のシャツ、スカート、研究衣に着替えている音がする。
「鍋が顔で弾かれるなんてどうなってるんですか……。アサヒさんって本当に未知で意味わかんないです」
「咄嗟に顔に力を入れたからな。でも痛かったぞ。一瞬」
それにしても赤か、と考える。
家の洗濯はディアが担当しているため、彼女の下着にはあまり馴染みがない。
女性物の下着はよくわからないので、とりあえずディアの下着は高級感のある店で店員に勧められるままに買うようにしている。
適当に買った物の中に赤い下着があったのは間違いない。
だが、赤色は壊れた赫眼を持つディアには緑色に見えているはずだ。
緑色だと勘違いして身に着けているのか、それとも赤色だとわかっていてあんなにも挑発的なものを身に着けているのか。
「アサヒさんのスケベ」
いつのまにか正面にディアが立っており、呆れ顔で言い捨てられた。
「否定はしない。俺も男だからな。だが、お前もスケベだ」
「何故にわたしも同類にされるのか疑問を超えて神秘を感じます。それより、アサヒさん。これあげます」
ディアから渡されたのは、葡萄酒が入っていた瓶であった。
昨晩で葡萄酒を使い切り空になっていたものに、今はトロリとした白い液体が入れられている。
「これはまさかナマコの……!?」
「違います」
ディアが即否定する。
「それはお化けライチだったものです。ポケットに一つ入れていたので、瘴気に晒したらどうなるのか実験したくて、潰したものをビーカーに入れて放置していたのです。飲んでみてください」
「俺で味の検証しようというのか。良いだろう」
匂いを嗅いでから、一口飲んでみる。
あれだけ甘かったはずのお化けライチが、フルーティさの香る渋い味に様変わりしていた。
そして、この鼻にくるツンとした味。
「……これは酒か?」
「はい。瘴気に晒したことにより、糖質がアルコールに変化したようです。葡萄酒を作る時の発酵と同じ現象が起きたようですね。それも短時間で。これで、瘴気は食べ物の発酵に有用であることが証明できました」
「燻製の味もする。これはうまい!」
「瘴気の中で発酵させたから、瘴気の味がついたものと思われます。人体に有害である瘴気自体は、クリスタルで浄化してあるので取り除けているかと」
ディアの解説が続く。
「今回のお化けライチに関しては瘴気の中で育った植物だからこそ、瘴気に耐性があって腐敗しきらずにいられたものと思われます。マザークリスタルの中で育った食べ物で試す時には温度と瘴気の濃度に繊細な調整が必要かと。それでその調整の方法が冷却装置と
長たらしい解説を右から左へ聞き流しながら、アサヒは瘴気に晒すと美味しいと思われる食べ物について考えていた。
想像する。
瘴気により熟成されつつ燻製の味が香る肉厚のベーコンを。
サイコロ状に切ってカリカリに焼くのも良い。
そのまま贅沢に肉厚なベーコンステーキにするのも良いだろう。
焼いた燻製ベーコンから出たたっぷりの脂で卵を焼き、ベーコンと共に食べる。
(美味しくないわけがない!)
アサヒは拳を握り唸った。
「燻製と発酵が短時間でできるとは、瘴気とは意外に便利なものだったんだな」
「ふふふ、研究は素敵な出会いや予想外な答えが得られることもあって楽しいものなのですよ。なかなかに良いものでしょう」
「ああ。今回は同意しよう。よく瘴気の活用方法を見つけた。上出来だ、ディア」
言ってから、「あ」と内心で気づく。
夢を見たせいか、父親ジャスティンの口癖がそのまま出てしまった。
「……」
ディアは少し戸惑った後、へらっと笑ってみせた。
お化けライチの高い糖分がそのままアルコールに変わっているため、お化けライチ酒はかなりアルコール度数の高いものであった。
瘴気の森を酔っ払った状態で歩くわけにはいかないため、出発前は半分まででセーブしておく。
瘴気の森を進む際、食糧と飲水に困らないように、燻製にしたナマコと竹で作った水筒を木の皮で編んだ鞄に入れて持った。
探索の準備が整い、ディアの方を向くと、ディアは何もいない森の奥をじっと見つめているところであった。
「どうした、ディア」
「……ついてきてる……」
「何がだ? 俺には何も見えないぞ」
「え」
水辺と食糧を見つけたことで生存率は上がった。あとは実力領に帰る方法を見つけるだけである。
「それでは行くか。2日目だ」
「はい」
アサヒはディアを肩車して瘴気の森へ再び挑むのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます