9話 クラフトする


 ディアがナマコにやられた。


 今は服を着たまま、衣服と体に着いた粘液を湖で洗っている。


「ううっ……服の中まで粘液が……ネバネバして取れないよぅ……うぇぇぇ……」


 啜り泣く声は静かな湖によく通る。

 それを背に、ディアの粘液に塗れた姿をつい想起しそうになり、アサヒは地面に向かって思いっきり額を打ちつけた。


 ゴン!!! メキメキメキメキ!!!


 額が当たった地面が割れて、周りの地面が大きく捲れ上がる。

 気がつくと、深く抉れた地面から湧き水が現れていた。


「よし。これを煮沸してクリスタルで浄化しよう。飲水に使えるはずだ」


 額は少しジンジンする程度であった。




 中型クリスタルの前にて。

 木をきりもみして秒で火起こしをした後、アサヒはディアから教えてもらったクラフトを実践する。


①ソード草の種をできるだけ細かくする。


 採取していた種を試験管から全て取り出し、それを何度か握り込んでみる。

 「ゴリゴリゴリゴリ!」と音が鳴り、手を開くと種が砂塵と化していた。


②細かく(砂塵に)したソード草の種をビーカーに入れ、葡萄酒に漬けてふやかす。


 ソード草の物質を硬化させる成分をアルコールにより滲出させるためだ。


③ビーカーの7分目まで水を足し、ガラス棒でかき混ぜながら沸騰させアルコールを飛ばす。


④それを柔らかい土と混ぜ合わせる。


 揉み込んでいると、土が段々と粘り気を帯びてきて粘土のようになる。

 始めは柔らかいが、時間が経つと鉄のように硬質化し、加工が難しくなるらしい。


⑤ソード草の粘土を成形して物を作る。


(やはり、ここは料理に使えて防具にもなるあれだな)


 ソード草の粘土を、ナイフをヘラのように使ったり、手で形を整えたりなどして素早く形を作っていく。


 完成。


 ソード草の種と土から、取手付きの鍋が出来上がった。


「……」


 側面のちょっとした歪みが気に食わず、ネイルハンマーで叩いた。




 次に、鍋で湧水を煮沸しながら、風呂を作ることにする。


(風呂なら木の板を組み合わせて木製の湯船を作るのが良いか。む……板同士を打ち付ける釘がないな)


 少しの間考えた後、板から作るのはやめて、倒れている巨木を横長の直方体に剣で切り、その中を四角くくり抜いた。


 あっという間に湯船の完成である。


「……」


 ちょっとしたささくれが気になり、ナイフで入念に削った。


 湯船に、湧水、沸騰させた湯、洗った薬草、花型に加工したクリスタルのかけらを入れておく。



 ナマコの粘液を落としたディアが、服をびしょ濡れにしながら湖から上がってきた。


「さ、寒い…まだ生臭い…気持ち悪いぃぃ……」


 ディアの全身はがくがくと震えており、頬や唇に色はなく、具合悪い絶頂であることが窺える。


 アサヒはすぐにディアを抱き上げ走った。


「ひゃあ!? アサヒさん、な、なな、何を!?」


 そのまま風呂にディアを突っ込む。


「きゃーっ食べられるー! て、あれ、お風呂?」

「風呂だ。服はその中で脱げ。俺は見ないから安心しろ」

「アサヒさん、もしかして、わたしのためにわざわざお風呂作ってくれたんですか……?」

「ああ。隣に俺の上着を置いておくから、上がったらそれを着るといい。お前の服は俺が後で脱水して干しておこう。振り回してな。下着は自分で頼む」

「……」

「ゆっくり暖まれよ」


 ディアはぶくぶくと泡くを吐きながら湯に沈んでいき、湯気の立つお湯に全身で浸かった。




 ディアが風呂に浸かっている間に、ナマコを食べる準備をする。


 まず、湖で滑りを洗い、ナイフで内臓を取り、身を薄くスライスする。

 どんな味かを知るために、生で試食してみた。


(……うまい。コリコリとした歯応えが面白い。この絶妙な磯臭さもクセになりそうだ)


 自分用は生食で決定だ。


 とはいえ、ディアは心身ともにナマコにやられている。ナマコ特有の食感と味が残っていては食べたいとは思わないだろう。


 臭みを消すためにスライスしたナマコを薬草と共に鍋で茹でて、即席で作った楊枝を刺し味見をしてみた。


(ふむ、臭みはマシになったな。まだ残ってはいるが。ナマコは熱を通すと逆に柔らかくなるのか)


 食感が失われたことを残念に思いながらも、残り全ての葡萄酒を鍋に突っ込み一煮立ちさせた。




「アサヒさん……お風呂ありがとうございました……お湯も薬草の香りもとても心地よかったです……」


 しばらくした後、ディアがジャケットをワンピースのように着こなしてそろそろと歩いてきた。

 背丈190cmのアサヒの服は、140cmのディアの膝辺りまでを健全に覆っている。


「……」

「な、何を笑っているのですか?」

「いや、お前がちんちくりんで良かったなと思って」

「むぅ……」


 心外そうにむくれるディア。

 しっかり温まることができたのだろう。ジャケットから見える彼女の肌は朱に染まっていた。




 ディアにナマコの葡萄酒煮を木の器によそって渡した。


「え? これ、ナマコをお酒で煮たのですか? アサヒさんが大事に取っておいたお酒なのに……」

「別に構わん。実力領に戻ったら直ぐに飲むしな。これで幾分か生臭さは緩和できたと思うのだが、どうだろう」


 ディアが戸惑いながら、楊枝を刺しナマコを口へ運んだ。


「……あったかくておいしい……」

「それは良かった。飲めそうなら汁も飲んでくれ。体を内側から温められるはずだ」

「……」


 ディアはしばらく無言で食べて、それを全て完食した。


「よし。あとは寝るだけだな。草でも集めて敷布団にするか」

「アサヒさん……あの……わたし……」

「ん?」

「……」

「どうした」

「い、いえ、大したことではありません。今日はいっぱい気にかけてくれてありがとうございます。そうお礼が言いたかっただけなのです。それよりもこの上着とても暖かいですね。これならお布団がなくてもゆっくり眠れそうです」

「良いだろう。実力領北部の流行りでな。軽量な割に保温性が高いんだ。120万Gゴールドだ」

「眠れそうな気が一瞬で消えてなくなりました」

「俺の服なんか気にするな。それよりもお前が一時的にでも体調を崩す方が損害だし、面倒だ」

「上げた瞬間落とすのやめてくれます? アサヒさんタチ悪過ぎです!」



 瘴気の森1日目、クリア。


 

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