14話 男子飲み

 病院へアジュの様子を見に行った後、ジオは手軽なクエストをクリアしその日を終えていた。


 風呂に入り寝巻きに着替え、寝る支度を黙々と整える。部屋の隅に布団を敷いて壁にくっつきながら眠るのが、孤独な大部屋生活を送るジオの悲しいライフスタイルであった。

 隣の女子部屋からは何の物音もしない。


(アジュがいないとこんなに静かなんだな)


 いつにも増して感じる寂しさ。それを振り払うように、布団を被り目を閉じた。


「ジオ、少し良いかい?」

「どうぞ」


 大部屋の扉を開け入ってきたのは、エクレアギルドの幹部の青年ルーシーであった。


「今日もこんなに広い部屋にひとりなのだね。平団員はなんとも寂しいことだね」

「……何か用?」

「別に用はないよ。君はもう寝るのかい?」

「まぁ、やることもないしね」

「ふーん、そうかい」


 ルーシーは悪い笑みを浮かべながら去っていった。意味深なその様子に首を傾げつつ、何もないようなので今度こそ寝ようと目を閉じる。


「乙!!!」

「うおあ!?」


 幹部の青年であるブッチが盛大な挨拶をして同様に去っていった。


「……?? ルーといいブッチといい、今日は一体どうしたんだ……?」


 しばらくすると、今度は二人が揃ってやってきた。ブッチが酒樽を、ルーシーが3つのグラスを持っている。

 それを見て、ようやく二人が自分を飲み会に誘ってくれているのだと気がついた。




 大部屋にて、三人は寝巻き姿で飲み会をすることとなった。


「それで、なんで今日飲み会に誘ってくれたの?」

「別に理由はないよ。ボクもブッチも偶々たまたま飲みたい気分になっただけさ。どうせなら広い部屋でやりたいし、ついでにジオもどうかなって思ってね」

「ふーん」


 へたくそな言い訳だなと思いながら、葡萄酒を飲む。二人はきっとひとりでいる自分を気遣って誘ってくれたのだろう。

 この国では14歳で成人を迎える。現在、ジオは18歳、ルーシーは19歳、ブッチは21歳であり、昔は団長のアサヒも入れ、四人でよく飲んでいたのだ。

 今は何かと忙しくその時間はなかなか取れなくなっていた。

 

「ジオ、今日は飲むペースが早過ぎるんじゃないかい?」

「これくらいジュースと一緒だね。いくらでも飲めるよ」

「ほう」


 ルーシーが目を細める。


「それなら、ここは一つ皆でゲームでもしないかい?」

「どんな?」

「笑ったら葡萄酒を一杯分一気するというゲームさ。自信がないなら断ってくれても良いけれど、どうする?」

「やるに決まってんじゃん」

「そうこなくちゃ」


 三人で牽制を張るように見合う。


「よし、3、2、1で始めるよ。笑ったら一気だからね。いくよ。3、2、1、スタート」

「「「……」」」


 沈黙が続く。ここは下手に動くよりも様子見をするのが賢明だ。


「はははははは、なんだよ、誰か喋りたまえよ。スタートって言っただろう」

「はい、ルー、乙」

「乙」


 言い出した張本人ルーシーが開始早々犠牲となり、葡萄酒を一気する。

 ジオはブッチと視線を交わし頷き合った。このカモは沈黙に弱いと。

 

「「……」」

「はははははははははは」


 2杯目。


「「……」」

「はははははははは、ちょ、誰か喋ってくれたまえよ」


 3杯目。


 ルーシーはすっかりできあがり目が虚となっていた。口元には未だに笑みが溢れている。

 このゲームの怖いところとは、負ける度に酒が入るため、より自制が効かなくなるところであった。敗者は負けを重ねる負の連鎖から出られなくなるのだ。


「ははははははは、はぁ、二人とも、なかなかやるじゃないかい」

「特に何もしてないけどね。はい4杯目」

「自滅乙」

「ぷはーっ。よし、今度はこちらから攻めさせてもらうよ」

「どんときなよ。カウンターしてやるから」

「ふ、余裕でいられるのも今の内さ。それでは今からをするよ」

「!」


 ジオはルーシーの作戦を察した。これは面白い話が来ると身構えさせ、存外に真面目な話をするという不意打ちを狙おうというものだ。

 真面目な話が来るとわかっていれば怖いものではない。


「……面白い話? 何それ」

「ふふふ、最近入った見習いのアジュちゃんだけれどね、ジオのことに随分詳しいようだ。実は君の昔からの追っかけなのかもしれないよ」

「ぶはっ! ははははははは、そんな訳ないだろう。もしそうなら僕がとっくに気づいてるよ!」

「だよね! あっはははははははは」


 ジオとルーシーが腹を抱えて笑うのを、ブッチは物言いたげな顔で見つめていた。

 ジオとルーシーは一気した。


「ぶはー、やばい、これは回る」

「鈍感乙」

「ち、ブッチだけまだ負けなしか」


 ブッチは普段から動じない性格であるため、この場で笑わせるのは難儀であった。ジオはブッチを協力して笑わせようとルーシーに視線を送った。

 ブッチを笑わせるべく変顔をしながら近づく。そして、ルーシーの顔が視界に入った。


「ぶはっ! はっははははははは! ルーのその顔やばいね! 皺だらけじゃん! どこからそんなに皺持ってきたんだ! ははははははっ」

「あっははははははは! ジオこそどれだけ頬伸びるんだ! ハムスターかい! あははははっははははははっ」


 笑い転げる二人。

 ブッチだけがポカンと口を開けて取り残されていた。

 

 

 その夜、シバはお気に入りの枕を咥えて大部屋に向かっているところであった。


(シバがジオと寝たい訳じゃない。ジオがシバと寝たいはずだワン。団長は団員のメンタルセラピーも兼ねないといけないから大変ワン)


 思いと裏腹にるんるんと尻尾が揺れていることにはシバは気づかない。

 大部屋の前に差し掛かった時、同様に枕を咥えたベヒーモス(豚)と対峙する。


「「……!」」


 お互いに悟る。こいつもかと。

 犬と豚の間で盛大な火花が弾けた。


「♪〜」


 睨み合っていると大部屋から不気味なメロディーが流れ始めた。ベヒーモスと共に扉の隙間から覗いてみる。


 そこには地獄絵図が広がっていた。


 一心不乱にギターを弾き乱れるルーシー。

 たらいに戻しまくるジオ。

 それらを放置し一人悲しげに酒を飲むブッチ。


「これは、一体どうしたことだワン……?」

「わからぬでござる……」


 シバとベヒーモスは顔を見合わせ、人間って怖いねと頷き合った後、何も見なかったことにして扉を閉めたのだった。

 


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