9話 王国クエスト③

 ジオはルーシーの協力により理性を取り戻し、アジュとベヒーモスの元に合流を果たした。


「ジオさん、具合はもう大丈夫なの?」

「うん、もう大丈夫だ。その、色々と悪かったね、アジュ」

「何もだよ! ジオさんが元気ならそれが一番だもの」


 安堵したようにはにかむアジュ。そんな彼女に間違ってでも手を出さなくて良かったと思う反面、液体の効果が抜けきれないのかどくんと鼓動が高鳴った。


「いやぁ、ボクとしても助かったよ。最終手段を使わずに済んで。ねぇジオ、君もそう思うだろう?」

「……ど、同感です」


 ルーシーも細剣の柄に触れながらにっこりと笑う。ジオは下半身が縮こまるのを感じながらも、今度こそ自分を律することができたのだった。



 落ち着いた頃、ジオ達は状況の確認をする。

 ガルムの群れから逃げることに夢中で、いつのまにかダンジョンの深くまで来てしまったようだ。時間も経っており、クリスタルの灯りが半減している。

 脱出を図る頃合いだった。


「探索は中止だね。脱出しよう」

「で、でも、ジオさん、お宝まだ何も見つかってないよ」

「宝より命を優先するに決まっているだろう。気持ちはわかるけど、瘴気の中に入るなら引き返すタイミングを間違ってはいけないよ。ダンジョンの造りや魔物を確認できただけで王国クエストは十分にクリアできている。今回はそれで良しとしようよ」

「……ジオさんがそう言うなら。それで、出口ってどこだっけ」

「……」


 返答できず無言になる。ガルムの群れから逃げることに必死で、ジオ達はダンジョンの探索における最大の禁忌、『現在地を見失う』というものをやらかしてしまっていたのだ。

 鼻が効くベヒーモスはアジュの鞄から顔を出しプピプピと眠っている。起こしたとしても発情状態になるだけで役には立たないだろう。


「ど、どうしたものか……」


 脱出方法に悩んでいると、ルーシーがその場にしゃがみ込み、地面に手を当てていることに気づく。


「ルー、何してるの?」

「ボクのパートナーに地下の様子を探ってもらっていたのだよ。こうやって手をつくと、腕を伝って振動を感知できるのさ」


 ルーシーの袖からトカゲが顔を出していたが、ジオの視線に気づいたのか、しゅっと衣服の中に隠れてしまった。


「ま、まさか、今のトカゲも団員なのか?」

「そうだよ。彼はなかなかに聡くてね。君の妙なその匂いも早い段階で察知して嗅がないようにしていたらしい」

「へぇ、ベヒーモスは一瞬でやられてたのに。優秀だね」


 ルーシーが耳元でトカゲの報告を聞く。


「ここから5キロ以上下に、得体の知れない大きな振動を感じるとのことだよ」

「5キロ? このダンジョンってそんなに深いのか」


 現在地は精々100mくらいだろう。5キロ先に何があるのか気にはなる。しかし、人間はクリスタルの輝きがなければ生きることができない。人間である限りダンジョンの奥を目指すことなど不可能なのだ。


「出口はそのトカゲにわかる?」

「残念ながら彼が感じられるのは振動でね。出口らしきものは今のところ見つけられないようだ。誰かが出口の壁を叩いてくれればわかるのだけれどね」

「そう……それじゃ、とりあえず来たと思われる道を戻るしかないか」


 そうして、ジオ達は魔物を避けながらダンジョンの出口を目指した。

 魔物を避けるために迂回しては覚えのあるようなないような道を通り、出口が見つからずに時間ばかりが刻々と過ぎていった。

 事の深刻さを理解していないのか、アジュの足取りは軽い。それとは逆に、ジオとルーシーの表情は次第に険しいものとなっていった。

 クリスタルの輝きがかなり弱々しくなっている。それが失われた瞬間、瘴気による腐食を受けることになる。出口がなければ、逃れる術もなく全員が瘴気に溶けることとなるのだ。


(出口が見つからない……まずいな。このままじゃ全滅する)


 ジオはアジュに隠れて額の汗を拭った。


「ジオ、アジュちゃん、止まって。何か近づいてくる」


 ルーシーに唐突に制止され、歩みを止め耳を澄ます。遠くから土の中を這うような音が聞こえ、それが真っ直ぐに近づいて来ていた。


「何だ、この音は。さっき言っていた振動が自分から近づいてきているのか?」

「いや、どうやらソレではないらしい。もっと浅いところにいた別の刺客のようだね」

「逃げよう!」


 皆で走るが間に合わない。ソレはジオ達の足を大きく上回る速さで迫り、ダンジョンの壁を突破しその巨体を現した。


「何だ、この魔物は……!?」


 緑色の体に顔面の左右に生える6つの突起物。魚のような平たい顔に焦点の合わない目。ずんぐりと長い胴に不釣り合いな短い手足。

 ジオの知らない未知なる生物であった。


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