8話 王国クエスト②
ジオはアジュ、ベヒーモスと共に瘴気の漂うダンジョンを進んでいた。
ダンジョンは入り組んでおりまるで迷路のようだった。
「そこの曲がり角に『ガルム』の臭いが複数するでござる」
「了解。違う道にしよう」
ガルムとは黒い狼の姿をしており、嗅覚に優れた魔物である。獲物を発見すると遠吠えで仲間を呼ぶ習性があり、狭い通路で遭遇したら挟み撃ちにされかねない。
迂回してでも戦闘を避けるのが得策だ。
ダンジョンに入って30分程歩いた頃、瘴気が濃くなり、視界がさらに悪くなる。
「お宝なかなか見つからないね……」
「遺物は瘴気の濃いところに生成されるから、もう少し奥にあるのかも。クリスタルの灯りが半減したら探索は諦めて脱出に専念しよう」
「うん、わかった」
ジオ達は遺物を探しながら先を急ぐ。クリスタルの首飾りが輝きを失うと瘴気による腐食症状が始まってしまう。時間に猶予はないのだ。
魔物を避けながら進んでいると、前方に黒光りする遺物を見つける。
「あっ、あれ何かな」
「ああ、あれは
「何かな、何かな」
アジュは瘴石に向かって真っ直ぐに走っていた。
「アジュ、慎重に進まないと危ないよ! ダンジョンにはトラップがあるんだ!」
「何かな、何かな、あっ」
案の定、アジュの足がガコンと沈みトラップが発動する。
瞬間、頭上より甘い香りのする液体が降り注ぎ、ジオはずぶ濡れになった。
「このように」
「ジオさん!? ご、ごめんなさい。ジオさんの方に降っちゃうとは思わなかったよ」
服を絞っていると、アジュが顔を拭くのを手伝ってくれる。
「本当にごめんね……私が悪いのに……」
「気にしなくていいよ、昔から人一倍不運なところがあるんだ」
「あ、それわかるかも。ジオさんって街を出歩けば喧嘩に巻き込まれてたし、ジオさんの気に入ったお食事屋さんは次の日には倒壊しちゃったりするもんね」
(……何で知ってんの?)
笑顔で語るアジュに違和感を覚えた。
「……!?」
どくんと鼓動が高鳴り体中に急激な熱さを自覚する。喉が渇き、目の前にいる女の子を自然と見てしまう。
澄んで綺麗な瞳、艶やかな唇にほんのりと朱に染まる頬、しなやかな足、そして、小ぶりで柔らかそうな胸。
ジオは無意識に唾を飲み込んだ。
「プピー! プピー!」
「うわぁ!? ベ、ベヒーモス、急にどうした!?」
ベヒーモスが甲高く鳴きながら体をよじ登ってきたため、慌てて引き剥がす。ベヒーモスは普段のすました様子はなく、涎を垂れ流し尾を上げていた。
「プピー! プピー!」
「言葉になってない? なんだこれ、発情? まさか、この液体の効果か?」
--アオーーーン!
「遠吠え!? く、見つかってしまったか!」
ベヒーモスが発情状態となり相手の探知ができなくなったことで、ジオ達は一体のガルムに見つかることとなる。
魔物の群れの足音が前方と後方から押し寄せてきた。
「挟まれた! 前に逃げよう! 前方は僕が斬り開く! アジュは後ろを矢で威嚇して!」
「はい!」
一心不乱に舐めてくるベヒーモスを抱え、ジオは片手で剣ファルシオンを構え前方のガルムの群れに斬り込んだ。
魔物達は瘴気の中では不死身であるが、傷を負わせることで一時的に怯ませることはできるのだ。
「アジュ、ちゃんと着いてきてる……あれ!?」
アジュは後方から迫るガルムの群れに対し、先ほどの位置に突っ立って矢の迎撃を図っているところであった。
「アジュ、なんで突っ立ってんの!? 早く逃げるよ!」
「ごめん、後にしてくれるかな」
一つのことに集中しトランスしてしまっているアジュをどうにかしようともどうにもならない。仕方なく、ジオはアジュを担いで走ることにした。
「きゃあ!? ジオさん!? どどどどどうしたの!?」
「僕が走るから、アジュはこのまま後ろに矢を打ち続けて!」
「は、はい!」
アジュは後方へ矢を打ち続ける。担がれて不安定な状態でも、ガルムの懐を的確に射抜いていた。
豚と女の子を抱えたまま走ることは体力的にきつかったたが、今のジオにはそれ以上にもっときついものがあった。
(くぅぅぅ……良い匂いがする……柔らかい……もっと触りたい……って、だめだだめだ!)
体の熱が高まり、頭がぼうとし理性がなくなりそうになる。
その時、後方からガルム達の悲鳴が響き回る。
エクレアの幹部であるルーシーが駆けつけてくれていたのだ。
「ルー、何故ここにいるんだ!?」
「ちょっとシバにお使いを頼まれてね。魔物達はボクが引き受けるから、先に行きたまえよ」
「すまない、助かった!」
ジオはルーシーにガルムの足止めを任せ、この場から逃げることに専念した。
「ジオさん、あの、ジオさん」
「……うん?」
「魔物の姿、もう見えないよ。うまく逃げれたみたい」
「……うん」
「ジオさん、その、ありがとね。重かったでしょう? もう降ろしてくれていいよ」
「……あ、うん」
ガルム達から逃げられた頃、ジオはすっかりアジュにやられていた。密着していた柔らかい体をなけなしの理性で降ろすも、その細い肩に触れる手をなかなか離すことができない。
「ジオさん?」
「ジオ、何をしてるんだい」
ルーシーが肩で息をしながら合流する。
「……ルー」
「ん? あー、はいはい、成程ね。アジュちゃん、少しの間ジオを借りるね。ベヒーモスを頼めるかい?」
「あ、はい」
ルーシーにアジュから引き剥がされ、三度程通路を曲がった先に連れて行かれた。
「ジオ、少し言いにくいのだけれど良いかい?」
「……まさか……ルーまで僕に発情したのか……?」
「ふふ、君ってやつは」
ルーシーは上品に微笑んだ後、音速で抜刀した。
「冗談だろう? 猿でもあるまいしどうしてこのボクが君に発情しなきゃいけないんだい? それよりソレだよ、ソレ。アジュちゃんがソレを見てトラウマにでもなったらどうするつもりだい? そのおったてたものをさっさと鎮めるか、ボクのレイピアに斬り落とされるか今ここで選びたまえよ。あ、勘違いしないでくれよ。ボクだってそんな穢らわしいもの、剣でだろうと触れたくはないんだ」
「面目、ありませんでしたーっ!」
無表情で細剣を突きつけてくるルーシーを前に、ジオは自身を鎮めることに成功したのだった。
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