7話 果実を手に入れる
中型クリスタルを10ヶ所程中継すると、当初緑の苔に覆われていた森が、下草が高く茂る山林地帯へと変化する。
アサヒはディアを肩車しつつ、魔物が通ったことでできたであろう獣道を選んで進んでいた。
瘴気の魔物の習性は野生動物に似ている。
闇雲に森林の中を進まず、それなりに決まった道を巡回し、餌や水を手に入れる。
つまり、獣道は魔物に遭遇するリスクが高くなる分、食糧・飲水の手がかりとなるのだ。
先程のソード草の件で調子付いたのだろう。ディアの御託は肩車をされている状態でも続いていた。
「なんだかわたし、ひとりでも瘴気の森で生き抜くことができるような気がしてきました。知識とは最大の財産であり、最高の武器でありますから」
「錯覚だな。知識が豊富でも経験が伴わなければ生き残ることはできない。現実を見ろ。今お前は自力で歩いてすらいない」
「あ、アサヒさん、止まってください」
「聞いちゃいないな。何だ?」
指を向けられた先には黒い狼様の魔物、『ガルム』が屯っている姿があった。
20体程の群れである。
ガルムは嗅覚に優れた魔物で、獲物を発見すると遠吠えで仲間を呼び、集団で襲う特性がある。
「まず、あの木を見てください」
ガルムに囲まれた木には、トゲトゲとした木の実が重たそうになっていた。
「赤い木の実がなっているな。俺は見たことがない。あれがどうかしたのか?」
「あの木の羽様の葉、ライチの木に特徴が似ています。次にガルムの様子を見てください」
「ガルムの様子?」
一体のガルムが四足歩行の足でその木によじ登ろうとして滑り落ち、落ち込んでいる。
高所にある赤い木の実を手に入れようと、繰り返しジャンプする者も見られた。
「癒されるな」
「そうなんです。かわいいですよね。ではなく! ガルムが食べたがるということは、中の果実は人間にも食べられる可能性があると言いたいのです」
「成程」
--ウゥゥゥ……。
そんなやりとりをしていると、ガルム達が威嚇しながら距離を詰めてきた。
「ひ、気づかれた……!」
「ガルムは感覚が鋭いからな。どの道近づけばいずれ察知されていた。……ん?」
ガルム達の様子がおかしいことに気づく。
ガルム達は威嚇しながらも、怯えたように尻尾を丸めて体を震わせていた。
「お、ここでも有効なのか」
「何がですか?」
「随分前から低級と中級の魔物が俺を避けるようになったんだ。だが、尻尾を巻いて逃げないところをみると、まだ自分達に勝機があると思ってるんだろうな」
「ど、どうして……」
「俺は無理でも、お前相手なら勝てると思ってるんじゃないか?」
「わたし!?」
瘴気の魔物は人間の血肉をよく好む。
人間がご無沙汰で諦め切れないのだろう。
ガルム達はディアに狙いを付けていた。
「丁度いい。お前、ひとりでこの状況を切り抜けてみろ」
「え、この状況を!?」
「瘴気の森を歩けば、魔物に遭遇するのは必然だ。これを切り抜けられないようなら、瘴気の森をひとりで生き抜くのは不可能だろうな」
「よ、よし。やってみます。まず、自分を大きく見せて、威嚇する……!」
冒険者ガイドに書かれていることを、ディアは忠実に実践する。
ぶるぶると震えながら両手を挙げた。
「わたし……美味しくない……!」
残念ながら降参しているようにしか見えない。
ガルム達も同様の感想らしく、緊張を解き、ディアへ堂々と接近していった。
逆効果であったと悟り、ディアが降参のポーズのまま泣きそうな顔になる。
「やはり、お前を瘴気の森でひとりにはさせられないな。いいか。こういう時はこうだ。こう」
見かねたアサヒはディアの前へ立ちはだかり、自分の手を組み合わせその空洞に息を吹き込んだ。
「……………………」
--ギュウウウウウウ!!!
ガルム達は一斉にもんどりうち、悲鳴を上げながら森の奥へと逃げていった。
「え、何!? どう!? 今の何したんですか!?」
「手笛でガルムにだけ聞こえる高音を吹いた。大音量でな」
「手笛!? いや、確かに人間は20000Hz以上の音は捉えられないと言いますが、それを手笛で吹くことができるものなのですか? コツは!?」
「ない。感覚だ。練習すればいつかできるようになる」
魔物の気配がなくなった森で、ディアが手笛をしようと四苦八苦し、
「アサヒさんが器用過ぎて意味わかんない……」
結局できず、力なく首を垂れた。
木になっていた実は殻が硬く、大きさは林檎や梨といった果物と同じくらいであった。
木の枝から離した瞬間に、殻が赤から黒へと色を変える。
大丈夫かこれ、と疑いながらナイフで剥くと、中から白くみずみずしい果実が出てきた。
それを少し齧ってみる。
「……」
「どうですか?」
「……甘過ぎる。俺はあまり好きではない」
「毒ではないようで良かったです。ではわたしも」
どうやら毒味をさせられていたらしい。
「んー♡」
甘い物が好きなディアは一口で昇天する。
「よくもまぁ、こんな甘いものを喜んで食べられるものだな」
「え、味もライチみたいで美味しいじゃないですか」
一つ目を余裕で食べ終え二つ目へ突入するディア。
アサヒも渋々と食していく。
あまり食は進まないが、水分やミネラルが豊富に含まれていることはわかる。
「これ、ライチに似ている大きな果実だから、『お化けライチ』と名付けましょうか。色が変わったのは、枝から切り離したことで、瘴気により殻が腐敗したためでしょうか」
「確かに水分の多い食べ物は瘴気の中だとすぐダメになる」
「腐ることは必ずしも悪いものばかりではありません。発酵も熟成も同じです。案外瘴気を利用して食べ物を作るのも面白いかもしれませんね。瘴気チーズとか、瘴気ヨーグルトとか」
「あまり食べたいとは思わないな」
「お酒の熟成も時短できるかも」
「ほう」
アサヒはビールなるものに再び思いを馳せた。
「もし俺がビールを作れたら、俺の名前がビールに名付けられるのか」
「それはやめておきましょう」
「何故だ?」
「なんとなく」
少しの間、ディアとお化けライチを食べながら雑多な会話をする。
実力領に帰る方法も、どこかもわからぬこの未開の地で生き延びる確証も何もない。
でも、なんとかなるだろう。
こうしていると不思議とそういった気持ちになるのだった。
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