6話 瘴気の森を進む
実験器具達を白衣のポケットへ丁寧に仕舞い込んだ後、ディアが疲れたといった感じのため息をついた。
「全くもう……。こんな状況で感情的になっている場合ではないというのに。アサヒさんには困らされてばかりです」
「宙に浮くのに病みつきになったか。お前が望むのならいくらでもやってやるぞ」
ガシリと勢いよく頭を掴むと、ディアはヒュッと喉を鳴らし、慌てて話題を転換した。
「ア、アサヒさん、その、いつまでも一つのクリスタルの首飾りを共有するのは非効率かと。洞窟を出発する前に、もう一つ用意することを提案します」
「ふむ。それもそうだ」
クエストに使っていたクリスタルの首飾りは一つだけであり、現在はディアが首にかけている。
瘴気の中を進むのであれば、自分の分も入手しておいた方が何かと融通が効く。
洞窟の中に生えている中型クリスタルは、人間と同じ大きさであるが、マザークリスタルの形と同様、先端に向かって鋭利となっている六角形の結晶であった。
「これがマザークリスタルと同じなら、欠片がクリスタルの首飾りに使えるかもしれません。アサヒさん、このクリスタルを壊してみてください」
「わかった」
アサヒは中型クリスタルに向き合うと、中央を狙い「ふん!」と正拳突きを繰り出した。
当たった瞬間に突きを止め、衝撃だけを残す。
パキパキパキパキパキバッキャァァーン!
あっという間に全体へと亀裂が広がり、クリスタルは音を立てて砕けてしまった。
「む、残骸となってしまったか。初めてクリスタルを壊したが、案外もろいものだな」
「クリスタルの硬度は水晶と同じくらいです。結構柔くて加工しやすいのですよ。ところで、アサヒさん。その腰に着けている剣とナイフはただの装飾品ですか?」
「そんなわけないだろう。魔物は瘴気の中では不死身だが、剣で攻撃すれば怯ませることはできる。ナイフとハンマーはクラフトによく使っていた」
まごまごする少女を他所に、アサヒは手軽なクリスタルのかけらを手にして、ナイフでコツコツと叩くように削っていく。
「そのままでも使えますよ。何故加工してるんです?」
「このままだと角が尖っているからな。お前に怪我でもさせたら大変だ」
「……」
「すぐ終わるから、少し待っていてくれ」
クリスタルの形を整えている数分の間、ディアは俯きながらそこらへんをぶらぶらと歩き回っていた。
歪だったクリスタルのかけらは、1分で躍動感溢れる羽撃いた白鳥の姿へと加工された。
「待たせたな。できたぞ」
「……リ、リアル。相変わらず器用ですね」
「さくさく彫れるのが楽しくてな。つい遊んでしまった」
白鳥のクリスタルを植物の茎から作った縄で結び、首飾りにして身に着ける。
支度が整ったため、アサヒ達は水辺を目指し、洞窟を出立した。
この森が誕生して長い年月が経っているのだろう。
大樹の根は重なり合い、倒木は苔で覆われ、その上には別の植物が芽吹いていた。
アサヒはそれらを見渡しながら、溝を跳び、巨大な石や木の根を乗り越え、すいすいと先へ進んでいた。
「今のところ瘴気の魔物は見えませんね」
「遭遇したら面倒だ。今の内に進もう」
移動の間、ディアは当然のようにアサヒに肩車をしてもらっている。
「自分で歩け」とか、「おんぶでいいだろう」とか、そのようなことは今更言わない。
なにせ訓練を積んだ冒険者ですら怪我が尽きない瘴気の森だ。
この森を体力も筋力もなく研究だけをしてきた少女が自力で歩く。
それ程に無謀なことはない。
ちなみに、おんぶではなく肩車なのは、身長の低いディアがより高い視界を好む故である。
洞窟を出立し程なくして、目標ポイントであった二つ目の中型クリスタルの前に到着した。
その輝きにクリスタルの首飾りが浄化され、強い輝きを取り戻した。
さらに先でも、遠くであるが中型クリスタルの光が微かに窺える。
「やはり、ここは中型クリスタルが散らばっている地帯のようだな」
「中型クリスタルが見当たるのなら今後もそこを通るようにしましょう。クリスタルの首飾りを浄化できるし、戻り道もわかりやすいです」
「そうだな」
ディアは時にゴーグルを外して周りを見つめる。
壊れた
本人の話では、クリスタルの光があると思われる箇所は、黒いモヤが晴れているように見えるという。
瘴気の森では、瘴気の影響で変異した草花が彩どりに発光しており、幻想的な風景を見ることができる。
だが、ディアにはそれが見えていないのだ。
(きっとこの風景が見えたら、大騒ぎしていたことだろうな)
そんなことを思っていると、視界の上から怪訝な顔の本人が現れた。
肩車の状態で顔を覗き込まれているらしい。
「……何だよ」
「アサヒさんが変な顔してるから、どうしたのかなって思いまして」
「失礼なやつだな。特に何もないが」
「ふーん? あ、ちょっと降ろしてください」
ディアが肩車から降りて駆けていった先には、茂みにひっそりと紛れる植物『ソード草』があった。
「ディア、それは『リッパー』だ。わかっているとは思うが、その草には気をつけろよ」
「はい」
ソード草はギザギザの葉と小さな花を持つ植物で、普段は軟いが外敵が近づくと葉を刃のように硬化させる特徴がある。
気づかずにその横を通り過ぎた冒険者は、足をすっぱりと斬られてしまう。
故に、ソード草は冒険者の間では別名『
ディアはそれを赫眼で観察した後、茶色くなった実の部分をつんつんとガラス棒で突っつく。
パカっと実が開き、落ちた粒状の種子を試験管の中に入れた。
「ソード草の種なんか集めて、何に使うんだ?」
「ソード草が硬くなるのは外敵から身を守るための防御反応なんです。この種には物質を硬化させる成分が詰まっています。このままだと何にも使えないのですが、これを組み合わせればとっても便利なものに変わるのですよ」
「へえ」
ディアは同様な手順で他のソード草からも種を取り出し、ソード草の種を試験管いっぱいに集めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます