5話 持ち物を確認する


「やったー! 瘴気の森だー!」


 はしゃいだ声を上げた後、ディアが「ヴゥン」と咳払いをする。


「浮かれている場合ではありませんよ、アサヒさん」

「お前がな」

「どういうわけか、あの水たまりによって瘴気の森の中でも未開の地に転移してしまったようですね。わたしたちはここを探検しながら、ついでに実力領に帰る方法を探さなければなりません」

「帰還よりも探検優先かよ。さてはお前まだ浮かれているな」


 二人で瘴気漂う森を見渡していると、アサヒは遠くの木々の隙間から青白い光が漏れているのを見つけた。

 あの先にも洞窟の中に生えていたように、中型のマザークリスタルがあるのだろう。


 瘴気の森には、気温、地形、魔物の種類、瘴気の濃度など、地帯によって様々な特徴がある。

 実力領の近辺のところでは、暖かくなだらかな地帯の隣が、雪が積もった渓谷であったりと、真逆の特徴を持つ地帯が隣接しているところもあった。

 自分達が今いるこの地帯は、比較的温暖で中型のマザークリスタルが散らばっている特徴があるようだ。


 未開の地に飛ばされた中では、非常に幸運な部類であった。


「あの中型クリスタルを中継していけば、クリスタルの首飾りを浄化しながら先に進むことができそうですね」

「そうだな。これならのうのうと瘴気に溶ける事態は避けることができそうだ。それにしても、この地帯にある中型クリスタルは一体何なんだろうな。瘴気の領域12km地点以内でも俺は見たことがない。ひょっとしたら、ここは俺達が元いた大陸とは異なるのだろうか」

「……まだ判断できません……色々と……」


 そう良い、ディアは渋い顔で黙り込む。


 マザークリスタルの加護下でオークに襲われた件も、足元に現れた瘴気のドロについても、ディアは何も言わない。

 頭の中では、幾つもの仮説を展開し、可能性を探っているのだろう。

 話さないのは、まだ話し合える段階ではないことを意味している。

 

「ディア、あまり根を詰め過ぎるな。今お前がそこまで考えても結果が出ないのなら、まだ情報が足りないということなんだろう」

「……話す段階ではないのは確かです」

「お前はひとりで抱え込もうとするところがあるよな。ちゃんと俺にも相談しろよ」

「……」


 彼女の頭をもしゃもしゃと撫でていると、どんどん顔が下がっていき、ついには俯いてしまった。


 


 中型クリスタルが生えているとはいえ、飲水も食糧も見当たらない洞窟で立ち往生していては、生き延びられるものも生き延びられなくなる。


 水辺を求め、早々に出立することにした。


 その前に、洞窟の中でお互いの持ち物の確認をする。


 アサヒは上着を開き、裏のポケットに入れていた物と、腰に携えていた剣を取り出し、地面に並べた。


 サバイバルナイフ×1

 ネイルハンマー×1

 葡萄酒の入った瓶×1

 長剣×1


「家にリュックは置いてきたから、ほぼ身につけていた装備品だけだな」

「広い用途に使えるナイフとハンマーがあるのは心強いですね。で、何故葡萄酒を携帯しているんです?」

「旅先の絶景を見ながら飲む酒は格別だ。と、お前のようなお子様にはわからないか」

「……子供扱いしないでください。わたしは理論的に考えて、アルコールを飲めばそれ以上の水分が体から失われるから、水の確保も困難な環境で飲む利点を感じないと言っているのです」

「そうかもしれないが、食の楽しみを見出すのは厳しい環境下で前向きであるために必要なことだ。それに瘴気の領域だろうと水の確保はそこまで大変ではない。そこまで頑なになる必要はないだろう」


 ディアの理論とアサヒの感情論が衝突する。


「そう言うお前は俺よりも有用な物を持っているのだろうな?」

「勿論です。わたしは普段からいろんな可能性を考えながら行動しています。こういった時のこともすでに予測済み。論理的に観て最低限必要なものは持ち歩くようにしているのですよ」

「非常食か? 見せてみろ」


 ディアが白衣のポケットから持ち物を取り出した。



 小型ビーカー×1

 ガラス棒×1

 空の試験管×3



 アサヒは音速でディアの頭を掴み上げた。


「みぎゃー! やだー! 片手で持ち上げないでーっ!」

「オイコラ。完全にお前の趣味じゃねぇか。これのどこが論理的で最低限必要なものなんだ? サバイバルとアウトドアは違うんだろう? ここでも研究するつもりなのか?」

「研究を見くびらないでください! ノースタディーノーライフ! 研究はわたしの生きがいであり、人生であり、魂なのです! それにせっかくの瘴気の森ですよ! 心行こころゆくまで研究しないと勿体無いじゃないですか!」


 宙ぶらりんに浮いた状態でも、ディアは噛み付かんばかりに言い返し、一歩も譲ろうとしない。


 そういうところがお子様なんだよな、と呆れながら彼女を解放する。


「あうう……馬鹿にされてかわいそうに……。いっぱい役に立って、一緒にアサヒさんをギャフンと言わせてやりましょうね……?」


 解放されたディアがビーカーに向かって涙目で語りかけている。


(まぁ、このガラクタもコップなど役に立つかもしれないか。何より、ディアが前向きでいられるのなら、それが良いのだろう)


 そう自分に言い聞かせた後、ふと思う。


 初めての冒険が瘴気の森で、しかもどこかもわからない未開の地に飛ばされた身でありながらも、こうまで楽しげでいられるディアは悪く言えば異常、良く言えば逸材なのではないかと。


 博識な彼女であれば理解しているはずだ。

 未開の地からの生還が困難であることも。

 瘴気の腐食の恐ろしさがどのようなものなのかも。


 それらを十分に理解した上で、目の前でビーカーと会話をしている少女は、恐怖や絶望といった感情よりも好奇心が勝っているのだ。


「……ぎゃふん」

「うがー! ふざけていられるのも今のうちですよー!」


 今のは素直に感嘆したつもりだったのだがな。

 そう苦笑するアサヒであった。


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