2話 フラグ
その日、ジオは焼印を入れられた後、そのままナタリから大聖堂の仕事について説明を受けることとなった。
説明を聞きながら大聖堂内を歩き回っている間も、背中の焼印は激痛を発していた。
その痛みとは、背中を常に火にくべられているのではないかという程の灼熱感であり、それを抱えた上での説明など頭に入る訳がなかった。
翌日の朝から本格的に働くこととなり、その日は早めに解放された。
身体的にも精神的にもとうに限界を迎えていたジオは、夕食を断り、地下の就寝室とされている大部屋で死んだように床に伏していた。
(背中が痛くて眠れない……。まずいな、休めるのは今日くらいしかないのに……)
懇切丁寧に入れられた焼印は、その後何の処置もされていない。
背中の痛みだけではなく全身が酷くだるいのは、高熱も併発してしまっているからなのだろう。
体を横にするだけでも多少の休息にはなる。
ぼうと横向きでいると、バハムートが傷薬を背負って戻ってきた。
「バハムート……それ……」
「ゼェ、ゼェ、待たせたな。傷薬を見つけてきたぞ。そのまま休んでおれ。今、背中に塗ってやろう」
バハムートが傷薬を持って服の中に入ってきた。
激痛がする部分にぬりぬりと柔らかいタッチで薬が塗られていく。
「おお、酷い火傷だ。可哀想に、これは残るぞ。信仰領の烙印が一生つきまとうなど屈辱だろうに……」
背中でぶつぶつと呟くバハムートの声はジオには聞こえない。だが、塗られたところから痛みが少しずつ楽になっていくのがわかる。
(バハムート、ありがとう……)
痛みから少しでも解放されたジオは、徐々にまどろんでいく。
小さい手で前髪を優しく撫でられる心地がするが、睡魔に抗えず目を開けることができない。
「おやすみ、ジオ。今日はよく頑張ったな。実力領からやってきたお前は、きっとこれからも熾烈な扱いを受けることになるだろう。だが、忘れるな。お前には我がいる。この神聖なるトカゲ、バハムートがお前を支えてやる。大丈夫だから、今だけは安心して眠るのだ」
(父さん?)
暖かい言葉に、ジオは記憶にないはずの亡き父を彷彿させながら、安心した気持ちで夢の中に入っていった。
◆
「皆、アサヒが何か買ってるぞー!」
ジオはカタラーナの街中で、手軽な紙箱を持って足早に歩く、エクレア団長の青年アサヒを発見する。
今日こそははっきりさせようと、本日クエストに同行したメンバーを大声で呼んだ。
「こら、こんなことで仲間呼んでんじゃねぇ」
「すまない、つい」
叱りつけられるハムスターのようにアサヒに両頬を引き伸ばされながら、ジオはしてやったりと薄笑いを浮かべる。
そっと地面に置かれた箱はすでに大男ブッチが拾い上げていた。
アサヒが一瞬で奪い返すが、ブッチはニヤリと笑う。すでに中身の匂いを一嗅ぎしていたのだ。
「ケーキ乙!」
「ぐ……」
「へぇ、その箱の中身はケーキかい」
ルーシーもゆったりと歩いてきて、アサヒの逃げ道を優雅に封じる。
「不思議だなぁ、君は確か甘い物は好きではなかった気がするのだけれど?」
「……たまに食べたくなるんだよ」
三人で未だに負けを認めない不遜な団長を取り囲む。
「アサヒ、白状しなよ。豪華な団長室があるのになんで毎日家に帰ってるのさ。ひょっとして、誰かと一緒に住んでんじゃないの? 例えば、女の子とか」
「……!」
その時、空気を一切読まずに飛びかかってきた少年がいた。
「アサヒ団長! あ、ジオ先輩でもいいや! この俺様と決闘だあああああ!」
「エイト!?」
冒険者見習いの少年エイトが両手の剣を振りかぶってきたため、ジオはファルシオンでそれを受け流す。
「ちょ、今大事な話をしてるんだ! 空気読めよ!」
「ちげぇよ! 俺様が空気を読むんじゃない! 空気が俺様を読むべきなんだよ! 何故ならこの世界の神になる男とはこの俺様のことなんだからな! じゃ、まずは俺様のターンな! その次もその次の次も全部俺様のターンだああああ!」
◆
「起きろおおおおお、小僧おおおおお、朝だぞおおおお」
目を覚ますとバハムートが耳元で絶叫していた。
「おわ、おはよう、バハムート」
「ようやく目を覚ましたか。我がこんなに声を張り上げても起きないとはな。手のかかる小僧だ」
バハムートがやれやれと肩をすくめる。
いつのまにかたくさんの信者が大部屋におり、それぞれが忙しなく朝の支度をしていた。寝過ごすところだった自分に、誰も声をかけなかったようだ。
(昨日までは異端の豚だったんだ……当然か)
大聖堂で働く間は誰かに協力を得ることはできないだろう。
気持ち悪さを感じ自分を見ると、寝衣が汗でびっしょりと濡れていることに気づく。
「うわ、これは凄い……」
「朝6時から礼拝があり、その後朝食だ。まだ20分程時間がある。今の内に体を拭いてきてはどうだ。洗面場はあっちだ」
「そうする。ありがとう」
正直、大聖堂の説明は頭が朦朧としておりあまり覚えていない。だが、バハムートはその分よく聞いて覚えてくれていたようだ。
体がまだ怠いが昨日程ではない。汗をかいたことで、熱が幾分か下がったのだろう。
火傷部位に衣服の擦れを感じないため、不思議に思いその部位に触れてみると、正体不明の粘液がへばりつき蓋をしていた。
「なんだ、これ?」
「我の粘液だ。傷薬を塗った上から保護させてもらった。どこから出たか、知りたいか?」
「……いや、いい」
「謙虚なやつめ」
バハムートがつまらなさそうに顔の横を這い髪に隠れていく。
起き上がると皮膚が引っ張られ焼印がズキンと痛んだが、バハムートの適切な処置により、行動するのに支障が起きないレベルとなっている。
(よし、これならなんとか動くことはできそうだ。そういえば、『
もし、エイトがこのヴァルハラにいたら、一番目立つところで「俺様が神だ」と叫んで大変なことになっていただろう。ジオはその絵が容易に想像できることに失笑しながら、洗面場へと向かった。
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