21話 ヴァルハラへ

 信仰領ヴァルハラは国の外郭を高さ5m程の長城で囲っている。

 

 ジオはフリューゲルとヴァルハラ間のダブルフィールドを通り、ヴァルハラの西の関所へと辿り着いた。

 関所の男に申告する。


「実力領から来たジオだ。信仰領ヴァルハラへの入国を願いたい」

「理由は?」

「王命に背いたことで実力領より追放を受けたんだ。元より神への信仰を尊ぶ聖地ヴァルハラにはずっと憧れていた。この機会に転入したいと考えてここに来た」

「ほう、神に身を捧げることに憧れを抱いていたのか。殊勝なことだな。では、信仰心を示せ」


 関所の男が目の前にカゴを置いた。

 金品を捧げて信仰を示せということらしい。

 とりあえず、剣と財布をそのカゴに入れた。


「剣とペラッペラな財布か。他には?」

「ない。これだけだ」

「何? まさかこの程度で不浄な豚が聖地へ踏み入れることを、神が許すとでも思っていたのか? そのような低い志では良い信仰は期待できないな。入国は不可だ。さっさと立ち去るが良い」

「……」


 ジオは無言でその場に跪く。関所の男達が「お、土下座か」と、まるで醜い豚の芸を一目見ようと言うばかりに集まってきた。


 両手を組み、目を閉じる。


「”信仰の心 たとえ知力や武力を積み重ねたとしても 神の奇跡に勝るものはない。信仰による民の頑なな結束は 神の奇跡を起こしどんな暴力にも勝るのだ……”」

「!?」


 紡いだのはヴァルハラ教の新約聖書の一節であった。


 男達は仰天する。聖書の一節といえども、それはとんでもない長文なのだ。なのに、目の前のこの青年は何も見ずにつらつらと朗読しているのである。


 聖書の三分の一を披露したところで、ジオは男達に懇願する。


「確かに僕は自分の身一つしかない卑しい者だ。だが、この通り神に生涯を捧げる心構えはして来ている。まだ信仰心が足りないと言うのなら、入国後に教会で働き体を張って示していきたいと考えている。それでもダメだろうか」

「い、いや、その志や大義である。しばし待て」


 男達が忙しなく書類の準備をしているその後ろで、青年は「べー」と舌を出していた。


 この関所を越えるために、ジオはフリューゲルの国立図書館からヴァルハラ教の新約聖書を借り、移動の合間だけでなく連日徹夜をして読み続けていた。

 最中、ルーシーをあんなにしてくれた信仰領について、何故こんなにも必死になって勉強しなければならないのかと聖書を破りたい衝動に駆られたが、それも力にしてなんとか聖書の半分を暗記したのである。


 髪に身を隠していたバハムートが顔を這い、耳元で話しかけてくる。


「小僧、まさかこの門を正攻法で突破するとは思わなかったぞ。努力の賜物だな」

「吐き気がする程に嫌だったけどね。まずはしばらく奴らのために働いて信用を得よう。そうしてこの国に入り込んで内情を暴いていこう」


 関所の男から、ヴァルハラ教の主力を担うベルゼール大聖堂というところで各教会への割り当てを行っていると聞く。

 ジオ達は案内人に付き添ってもらい大聖堂へと向かうことになった。案内人は一人のみでそれ以上の監視はない。


「バハムート、少し妙だと思わないか? 武器を取り上げたとはいえ、襲撃した敵国からの転入者だよ。普通ならもっと警戒するものじゃないかな……」

「ふむ、もしかするとロギムの襲撃については、大ぴらにされず一部の人間にだけ知らされているのかもしれんな」


 民の団結力に定評のあるヴァルハラにしては意外だと思うが、偵察を進める内にいずれわかることだろう。

 その時、ジオもバハムートもその答えに至ることはなかった。

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