20話 出立前
翌日夜、エクレアの食堂にて。
『フリューゲル13代目国王ゼフィールの名の下に、冒険団ギルドエクレアのジオへヴァルハラの偵察を命じる』
ジオ達は夕食を前に、団長代理シバからその王命を聞くこととなった。
アジュ、ルーシーの欠員により、エクレアの広い食堂に対し、ジオ、ブッチ、動物団員二匹という大変寂しい食卓風景となっている。
「厄介なことになったワン。ゼフィールに先手を打たれるとは……」
ゼフィールの王命を伝えた後、シバは険しい顔で唸っている。
ジオとしてもこの自分指名の王命が、ルーシーの言い残した言葉と関係している気がしてならなかった。
だからといって、この国で最高権力を持つゼフィールの王命を無視することはできない。
「王命を受けよう。ヴァルハラについては僕も煮えくり返る程に腹が立っているからね。ゼフィール陛下が乗り込めと命じるなら願ってもない。王国もできる限りのサポートしてくれるはずだ」
「うーん、やるしかないことだけれど、何か良からぬ気配がするワン。ジオ、今回も動物団員を連れて行ってほしいワン」
「それはいいけど、ヴァルハラに動物を連れて行くことってできるのかな」
「それなら拙者が行くでござる!」
張り切り気味に名乗りをあげたのは、ベヒーモスであった。
「今の会話の流れでそれならと言える意味がわからないワン。それに、豚はヴァルハラでは不浄の代名詞に使われているから、ベヒーモスがヴァルハラへ乗り込むのは不適格だワン」
「拙者を豚扱いするでない! ワンワンうるさい犬畜生めが!」
「じゃあ、どう扱えと言うワン? ブヒーと鳴いて答えてみろよ、豚」
シバ(犬)とベヒーモス(豚)の周りの空気が激しく炎上する。
「二人とも、いや、二匹か? 今は喧嘩してる場合じゃないだろ。ヴァルハラにベヒーモスは適格じゃないことはわかった。ベヒーモスでなければどうする? シバが僕と行く?」
「……」
「聞いてる、シバ?」
「……いや、シバはブッチと一緒にこのギルドを守らないといけないワン。ここはバハムートが適格ワン」
「バハムート? 初めて聞く名前だな。どんなやつ?」
「そこにいるワン」
「え、どこ?」
周りを見渡してみるが、シバとベヒーモス以外に動物らしき団員は見当たらない。
「……、……」
「ん?」
小さい声が聞こえた気がして目の前を見ると、鳥のフライの上で仁王立ちをしている深緑のトカゲを発見する。
物凄く小さい声で何かを叫んでいるため、耳を寄せてみた。
「我こそが神聖なるトカゲー、トカゲの中のトカゲー、バハムートであるー!」
「つまりトカゲじゃん」
「ほほう、我に恐れることなく突っ込みを入れるとは、なかなかに骨のある小僧であるな。気に入ったぞ」
「……」
好感度がちょろすぎるバハムート(トカゲ)を指差しながら、こいつに何ができるの?とシバへ目で訴える。
「バハムートは地面を伝わる振動で生物や物を感知することができるワン。小さい体で髪とかにも隠れられるから、監視の目が多くても小声で相談しやすいと思うワン」
「そうか。君、ルーの相棒だったトカゲか。よろしくね」
「……、……」
声が小さ過ぎてよく聞き取れないが、多分バハムートは必死に挨拶を返してくれているのだろう。
「そしたら、バハムートと明日の朝出発してヴァルハラに乗り込んでくるよ。少し準備したいことがあるから、ちょっと街に行ってくるね」
席を立とうとしたところ、ベヒーモスに「ジオ氏、待つでござる」と呼び止められる。
「ジオ氏、ほとんど食事食べてないでござるよ。これでは体が持たぬでござろう」
「悪いけど、ロギムの事件があったばかりなんだ。とても食欲なんて出ない」
「ジオ、今日の食事をよく見てほしいワン」
「?」
シバに促され食卓に並んでいる夕食をよく見ると、普段より一際豪華であることに気づく。しかも並んでいるのは自分の好物である肉料理ばかり。
エクレアがカラッカラになってから、ギルドの炊事を担ってくれていたのは幹部であるブッチであった。ブッチがシバと共に残りギルドを守ってくれていたからこそ、ジオは安心してクエストに出かけることができていた。
ブッチは昔から多くを語らない。しかし、爪が食い込む程に握りしめたのだろう。掌には自分と同様に傷ができていた。
「……いただきます」
ジオは席に掛け直しブッチ達と共に食事を食べた。
よく噛み、味わい、おかわりもして存分に食べた。
どんな困難があっても耐えられるように。
仲間達の気持ちを一つたりとも溢さないように。
「ブッチ、ご馳走様。今日も滅茶苦茶美味しかったよ」
ブッチは相変わらず一言「乙」としか言わなかった。
翌朝、ジオとバハムートは信仰領ヴァルハラへ出立することとなった。
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