19話 ゼフィール


 ジオは声をかけ続けながら、ルーシーをロギムの街の病院へ送り届けた。


 医師の話では、ルーシーはステージ4まで進んでおり、壊死が両手両足に及んでいるとのことである。

 両手は壊死が軽度であり、早期にポーションを飲んだことで、麻痺は残るかもしれないが治癒に向かう可能性がある。だが、両足の壊死は重度であり、このまま放置していても腐り落ちることとなる。

 クリスタルによる浄化療法を三週間程した後、『然るべき処置』を行うと言われ、ジオは治療室から追い出されることとなった。


「……然るべき処置?」


 思考が追いつかず、医師の言葉をただ反復する。


 程なくして、『壊死部位の切断』であると行き着いた。


 ルーシーの両手はわからない。

 だが、両足は恐らくもう。


「なんでだよ……」


 ジオは血が滲む程に拳を握りしめる。


 何故ルーシーが両足を失われければならないのか。

 何故自分の後ろを守るルーシーの異常にもっと早く気づけなかったのか。

 何故自分達がヴァルハラに襲われなければならなかったのか。


 足を失えばルーシーは二度と冒険をすることができない体となる。その上、腕一本でも失ってしまえば、通常の生活すら困難となる。

 彼が好きだと言っていたギターでさえも、もう二度と弾けなくなるのだ。


「なんでだよ、なんでこんなことをする、ヴァルハラッ……!」


 ジオは床を殴りつけ、行き場のない怒りをぶつけた。

 


 王都バベル、フリューゲル城王室にて。

 13代目国王ゼフィールは従者を控えさせながら、ヴァルハラがロギムを急襲した件について、南方護衛団団長より報告を聞いていたところであった。


 ゼフィールは白髪に両の瞳が血のように赤い赫眼かくがんを持った20歳の青年である。

 この赤い魔眼はマザークリスタルの魔力により人間の眼球が変異したものである。マザークリスタルの最も近くで暮らす王族であっても、持って生まれる者は稀であった。

 元は腹違いの五人の兄弟の中で最も最年少に当たる末子であったが、王族で赫眼を持って生まれた場合は、年齢序列関係なく14歳の成人と同時に王へ即位することが決まりである。


(この護衛団の男、名は何だったか。先程名乗ったような気がしたが。まぁ、どうでも良いか。団長Aとしよう)


「そうか。ロギムがヴァルハラに襲われたか。報告ご苦労であった」

「ゼフィール陛下、たかだか神に祈ることしか知らぬ無能な信仰領如きに遅れを取ったとあっては、実力領の名が廃ります。これは武力を持ってヴァルハラへ攻め込む時ではないでしょうか」

「黙れ」

「ひ……!?」


 ゼフィールは赤い瞳で男を鋭く睨みつける。赤い眼光に射すくめられた男は一回り以上も年上であるにも関わらず、全身を震わせた。


「私は貴様に報告は許したが国の軍事への意見を求めた覚えはない。貴様が護衛団の身分を捨て王国軍の突撃隊に加わるというのならば、話は別であるが」

「そ、そんなつもりはございません……何卒お許しを……」

 

 団長Aは懇願するように頭を床に擦り付ける。

 赫眼はクリスタルの魔力を認識でき、魔術として操縦する力を持つ。同時に赫眼自体からも魔力が漏洩しており、ゼフィールの場合は目を向けた者に本態的な恐怖を与える作用を持っていた。


「もう良い。消えろ」

「は、失礼します」


 団長Aは一礼もせずに早足でその場を去っていった。

 同じく話を聞いていた王国軍兵士長の男、バルハロクが顔を顰める。


「なんと不敬な男でしょう。陛下、あやつに罰を与えないのですか?」

「必要ない」

「何故です?」

「血の気ばかり盛んで自分で行動しようともしない。そんな期待できない者など、罰を下す価値すらない。大方過去の成果に縋り、怠慢に今の地位を維持していたのだろう。私が罰を下さずとも時期に他の者に地位を奪われよう。それもならないのであれば、南方護衛団の全員がヤツ同様に無能ということになるな」

「左様でございますな!」


 ゼフィールは男Aへの関心を毛程もなくし、報告書を眺めながらヴァルハラの動向を考える。


(信仰領ヴァルハラは知力も武力もない、国民の統率を強みとしている国だ。今の教皇は死んでいなければあの老害か。生粋の保守派であるヤツがこのような行動をとるとは意外であるな)


 実力領フリューゲル、学術領ノスタルジア、信仰領ヴァルハラはそれぞれの国の中心にマザークリスタルを持っている。

 国同士のマザークリスタルの光が重なる地帯を『ダブルフィールド』といい、そこでは魔力が多分に含まれる遺物を採取することができる。


 かつて学術領と実力領でダブルフィールドを巡って戦をしたことが幾度もあったが、信仰領ヴァルハラはその際にも黙って様子見をする程に消極的な国であった。

 ゼフィールであれば、二国が争ってくれるなら一方を撃ちに出る。


 そんなことすらできない臆病な国が今回のように行動を起こすとなれば、瘴石しょうせきにグールを閉じ込める他に更なる策を隠している可能性がある。


(丁度良い。ヴァルハラの内情も知りたかったところだ。ヤツを使って探ってみるか。そろそろ本領を見せてくれよ。なぁ、エクレア副団長殿?)


 ゼフィールは紙にペンを走らせ、かの青年宛に王命を書いた。

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