16話 襲撃①
実力領フリューゲル、エクレアギルドにて。
ジオはしつこい寝癖を直し、軽装に鞄と剣だけを携え出かけようとしているところであった。
美形でサラサラ髪の青年ルーシーに声をかけられる。
「やぁ、ジオ、今日はいつもよりラフな服装だね。今日はクエストに行かないのかい?」
「ああ、今日は街で買い物をしようと思ってたんだ。靴がすり減ってしまったし、傷薬も切れてしまったからね」
「それならロギムの街まで一緒に行かないかい?」
「ロギムまで?」
ロギムの街はフリューゲル南部の都であり、商業活動が盛んで住民の多い地域であった。
ここカタラーナの街から行くのであれば、同じ南部の街だとしても10キロ程の街道を通らなければならない。
「買い物ならわざわざロギムまで行かなくても良くない?」
「今日はそこで出店イベントがあると実家から手紙が届いていてね、北部の商人ギルドも遠征に来る予定なのだよ。珍しい品物も見られるだろうし、せっかくだから少し顔を出そうと思っていたのさ」
「へぇ、北部の商人か。珍しいね。それなら行こうかな」
ルーシーは貴族出身であり、実家はロギムの街の一区域を管理していると聞く。
今回の企画に実家が関わっているのであれば、参加してくれた商人達には貴族の息子として挨拶だけでもしておきたいところなのだろう。
ジオはルーシーと共に、カタラーナから定期的に出ている馬車に乗り、南部の街ロギムへと向かった。
ロギムの街の広場では、商人達がブースに分かれそれぞれの品物を出店していた。
イベントは大変賑わっており、南部以外の地域からやってきた風貌の観光客も見られる。
「それではボクは挨拶回りをしてくるから、ジオは先に店を見ていてくれたまえ」
「了解。それじゃ、後でね」
ルーシーと一旦別れ、一人でブースを回ってみる。
ブースは衣服、装備、飲食物、子供向けの冒険者ごっこの玩具等、多種多様に並んでいた。
中でも北部のブースでは、南部にはない目新しい物が多く見られる。
「何だ、この瓶に入った青い液体は。初めて見るな」
「お、兄さん、これに目をつけるとは、お目が高い! さすがは勇敢な冒険者なだけあるな!」
「僕が冒険者だって何でわかるの?」
「そんなの、他とは目つきと体つきが全く違うからに決まってんだろ!」
自覚はしていなかったが、自分はそれなりに
「それほどでも……」と照れながら頭を掻いた時、目の前の男が「いける」と目を光らせたことをジオは知らない。
「で、これはポーションと言ってな。体の治癒力を向上させてくれる水薬で、飲むと怪我や疲労の回復を早めることができるんだ。薬草の量も傷薬の5倍は含まれているぜ」
「それはすごいな。いくらなの?」
「1本5000
「ちょっと高いな」
男が朗らかな笑みを浮かべ、ひそひそと耳打ちをする。
「頑張ってる兄さんにだけの特別サービスだ。今なら2本で8000Gでいいよ」
「え、ありがとう。それなら2本買おう」
「3本買ってくれるなら10000Gにまけよう」
「安い! 3本買おう」
「毎度あり! それで、他に気になるものはあるかい? あ、兄さんの靴ボロボロだね。そんな兄さんにとっておきのものがあるんだけどさ……」
ルーシーが合流した時には、ジオはすでに上から下まで北部の色に染まっていた。
「やぁ、ルー、今日は誘ってくれてありがとう。おかげでとても良い買い物ができたよ。この靴も豚の皮でできていてね、軽量で歩きやすいんだ」
「それは良かったね。ボクは君をひとりにするべきじゃなかったと猛省しているところさ」
「え」
財布が空になってしまったため、ルーシーと共に遠目からブースを見て回る。
「うわー、もっと買いたかったなー。今度はもう少しお金を持って来よう」
「君は学習しないねぇ。……ジオ、あれ」
ルーシーに促された先を見ると、南方護衛団のアイリスが男2名を呼び止めていた。
「あ、アイリスだ。今日はこのイベントの警備の仕事か」
「あの人達に特に不自然なところはないように見えるのだけれど、どうしたのだろうね」
ルーシーと共にアイリスを見守る。
アイリスは自分よりガタイの良い男二人に対し、毅然とした姿勢で対応していた。
「呼び止めて悪いな。護衛団のアイリスだ。少し取り調べに協力してもらおう。ここに来た目的は何だ?」
「別に買い物に来ただけだ」
「そうか。首に刺青があるな。ヴァルハラではクリスタルの刻印を身につける風習があるとは聞いていたが本当なのだな」
男の一人が舌打ちをしながら首の襟を直す。
男が隠したのはホクロ大の大きさで人間に気付ける物ではない。
アイリスの頭に止まるフェニックス(スズメ)が「チチチ」と鳴いた。どうやら彼女の手柄であるらしい。
「ヴァルハラ? ヴァルハラって信仰領の!? フリューゲルに侵入していたのか!」
「ジオ、ボクらも加勢しよう」
「了解」
ジオとルーシーがアイリスの元へ行く。
アイリスは鉄の槍を男達に向けた。
「再び問おう。ヴァルハラの民がフリューゲルに何をしに来た!」
「……」
男達は無言で顔を見合わせ懐に手を入れる。
(暗器か!?)
身構えるも、取り出されたのは武器ではない。
「
男達が取り出したのは瘴気の領域によく落ちている価値のない遺物、瘴石。
何故それを今?
三人が意外なものに呆気に取られている隙に、男達は瘴石を上に掲げ、
「神の御心のままに」
それを自分達の足元に投げつけた。
「!?」
瞬間、割れた瘴石から濃い瘴気が噴き出され、辺りが瞬く間に黒い瘴気に染まる。
割れた石は大地に溶け、地面に黒いドブのようなものを広げていった。
男達はドブが自分達を足元から飲み込んでいくにも関わらず、それに恐怖する様子は一切見られない。
ただ、無抵抗に、使命を果たしたと言うような満悦な笑みで、全身をドブに飲み込まれていった。
「何だ、何が起きた? 何なんだこのドブは……」
アイリスが状況を飲み込めずに混乱している。
瘴石にここ一帯を汚染する程の瘴気が閉じ込められていたことも、目の前のドブの正体も、ヴァルハラの民が満足そうな顔で自害した理由も、全てがわからなかった。
「ジオ、アイリス、ドブから何か出てくる! 気をつけたまえ!」
「!?」
ルーシーが叫んで、細剣を抜く。
黒いドブから次々に這い出てきたのは、人型の魔物『グール』であった。
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