12話 アジュ②
落ち着いた頃、ジオはアジュの体調について尋ねる。
「それで具合はどう?」
「呼吸は楽になってきたんだけれど、発熱と全身の筋肉痛みたいなのがなかなか治らないの。でも動けない訳じゃないし、予定より早めに退院しても良さそう」
「いや、ステージ2まで進んだならしっかり療養すべきだ。後遺症が残ったら怖いからね」
「……そっか。じゃあ、もうしばらく休むことになっちゃうね。ごめんね、ジオさん。エクレアの大変な時期に……」
申し訳なさそうに俯くアジュ。今思えばアジュは連日クエストに行っていた。彼女なりにエクレアの戦力になろうと気を張っていたのかもしれない。
「別に数日で状況は変わらないし心配することないよ。それに、休んでいられるのも今だけさ。3週間なんてあっという間だと思わせるくらい、退院したらクエストに付き合ってもらうからな!」
「ふふ、そういうことなら、ジオさんに着いていけるようにしっかり治さなきゃだね」
アジュは治りきらない体で微笑む。ステージ2を経験したというのに図太い子だと思う。
腐食症状ステージ2の全身の激痛は、瘴気が血液に回ったことで起きる。その痛みとはまるで体を内側から燃やされるような激痛なのだ。
「アジュは強いね。腐食症状を経験して挫折する冒険者も少なくないのに」
「私も今回のことでちょっと怖くなったよ。特に瘴気の中に入るのはね。でも、ジオさんが一緒にいてくれるなら大丈夫だよ」
「……それは、何で?」
「だって、ジオさんは私の憧れの人だもん」
言った後に恥じらうアジュ。対しジオはもやっとした気持ちになっていた。
(何だ……憧れか……)
すっぴんを恥ずかしがるのも、一緒に行動したがるのも、他には見せない笑顔を向けてくれるのも単なる憧れ。特別な感情ではないとアジュは言っているのだ。
ジオはため息を吐いた。
「ジオさんと一緒ならいつかお母さんみたいに強い人になれる、そんな気がするの」
「ん?」
アジュを改めて観察する。ふわふわした性格で結びつかなかったが、そういえば目の色といい顔立ちといい有名な誰かに似ている気がする。
「君のお母さんの名前、聞いても良い?」
「あ、その、ガネットだよ」
「ガネット? あの『灼熱の冒険者』が君のお母さんなの!?」
「う、うん」
「マジ!? 瘴気の領域を最も深くまで攻略した伝説の冒険者だよね! あの人子持ちだったの!? ていうか、僕はガネットさんのお子さんと近い年齢だったのか! 凄いことだ!」
崇拝している人物の話題に、ジオはつい興奮気味な口調となる。
灼熱の冒険者ガネットとは、燃えるような赤い髪が特徴の行動力溢れる女性であった。ガネットはエクレアの創設者であり、ジオが冒険者を目指すきっかけでもある。
「ガネットさんって勇敢な人だよね。瘴気なんてものともせずに進んでさ。『この大陸の外へ行く』って宣言した次の日に本当に国を出ていったし。いやぁ凄い行動力だよね」
「お母さんが国を出て8年経っちゃったけどね。それに、お母さんが瘴気を怖がらなかったのはちょっとしたからくりがあるんだよ」
「からくり? どんな?」
「秘密。ごめんね、お母さんとの約束なの」
アジュが窓の遠くを見る。
「お母さん、帰ってくるかな」
「君がいるんだ。その内帰ってくるでしょ。それにあの凄腕の冒険者がくたばる訳がない。一緒にエクレアで待っていようよ」
「うん、そうだね。ありがとう、ジオさん」
「それよりもう少しガネットさんについての話いい?」
「ふふ、喜んで」
その後、ジオはアジュとガネットについての話に花を咲かせた。
ジオがエクレアを存続させたい理由はガネットの存在が大きい。ジオは幼少期にガネットに救われたことがあった。その恩もあり、ガネットが立ち上げたエクレアギルドを彼女が戻るまで守りたいと思っているのだ。
8年前に大陸の外へ行くと冒険に出たきり彼女の姿を見た者はいない。それでもあの灼熱の冒険者なら今もどこかで冒険を続けているに違いない。
そう思えてならなかった。
「それじゃ、3週間後に退院だね。それまでも顔を見にここに来るけど、退院の日は僕が迎えに行くから待っててね」
「え、ジオさんが来てくれるの?」
「うん、病み上がりに荷物は持たせられないからね。前に僕が入院していた時は君が来てくれただろう。今度は僕の番だ」
アジュは驚いた後、とても嬉しそうに笑った。
「嬉しいな、嬉しいなぁ。ありがとう。私ここで待ってるね」
「……うん、それじゃあね」
迎えに行くと言うだけでこんなに喜んでくれるなんて、彼女はやはり多少なりとも自分に好意があるのではないか。
そう思いながらジオは上機嫌で病室を去ったのだった。
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