11話 アジュ①


 ダンジョンから脱出した後、ジオ達はカタラーナの街の病院に駆け込んだ。直ぐにアジュとルーシーの腐食症状に対する治療が実施された。


 とはいえ、原因不明の瘴気に対し効果的な治療法は確立されていない。できることとしてはマザークリスタルのかけらで体の治癒力を向上させつつ、体内の瘴気を浄化する。他に合併症が認められた場合は対処する。その程度である。


 ルーシーは短時間の治療で済んだが、アジュは3週間程入院することになった。

 アジュはステージ1の呼吸障害でパニックになり、短時間で大量の瘴気を吸入した。それによりステージ2の全身の激痛へと進行してしまっていた。



 翌日、エクレアギルド、団長室にて。

 ジオは団長代理シバに今回の経緯を報告したところであった。


「状況はわかったワン。負傷してしまったけど、アジュの命に別状がないようで何よりワン」

「……すまない、僕が付いていながら」

「どうしてジオが謝るワン? 今回のクエストの中で何か手抜きでもしたワン? それとも、罠を故意に踏んで仲間を陥れようとでもしたワン?」

「そんなことはしていないよ」

「なら謝る必要はないワン。ジオは全滅の可能性が高い中で懸命に努力した。結果、見事に皆で生還を果たした。責められる所以はないはずだワン」

「確かにそうか。……」


 ジオは何が起こったのか分からずしばらく呆然とする。シバはアジュの負傷について過剰に責任を感じ過ぎていることを指摘したのだ。

 つまり、ジオは犬に諭されたのである。


「……!」


 ふらりと足元が揺れた気がした。


「何にショックを受けてるワン? それと、ジオが瘴気の腐食を受けなかった件についてなのだけれど、本当に何も感じないワン?」

「ああ、短時間だったからなのかもしれないけど大丈夫だった。もしかしたら、ステージ5を経験したことで瘴気に耐性でもついたのかもしれないな」

「そう耐性がつくものではないはずだけれど……他に体で気になることはないワン?」

「気になることねぇ……」


 今までのことを思い返してみる。オークとの戦闘で瘴気に触れた時も何ともなかった。

 そういえばあの時のアザの治りが遅いことが少し気になっていたのだった。ジオは右腕を見る。


(ん? このアザってこんなに大きかったっけ?)


「心当たりがないなら良いワン。シバの方でも調べてみるから他言無用を約束してほしいワン」

「あ、うん、わかった。それじゃ、僕はアジュの様子を見に行ってくるよ」


 ジオは右腕を隠しながら早足でその場を去ろうとする。

 団長室の扉を開けると、丁度開けようとしていたルーシーとかち合うこととなった。


「っと、やぁ、ルー。今シバに今回のクエストの報告をしたところだよ」

「ボクはそれではないのだよ。ちょっとシバに別件の報告があったのでね」

「お使いについてのこと? なんか使われ方が犬みたいだよね」

「フッ。アジュちゃんのところに行くならくれぐれも粗相のないようにね。猿じゃないんだから」

「……わかってるよ」


 ルーシーの華麗な返しにムッとしながらも答える。あの時は妙な液体にやられていただけだ。平時であればあのような失態はしない。



 カタラーナの街の病院にて。

 ジオはお見舞いのお菓子を持ってアジュの病室に訪問した。


「やぁ、アジュ、具合はどう?」

「きゃあああああ! ジオさん入ってこないでー!」

「何事だ!? どうした、アジュ!?」

「私今すっぴんなのーっ!」

「……は? すっぴん?」


 それがどうしたの?と言わんばかりにアジュを見る。

 アジュはベッドの布団を被り身を隠している。まるで人を怖がるお化けだ。

 腕に抗生剤の点滴の管が繋がっているところを見るとまだ治療中ではあるが、瞬時に身を隠せるくらいには元気なようだ。


「アジュ、病人なんだから安静にしないとダメだよ。布団被っていたら苦しいだろう」

「……ジオさんにお顔見られるよりマシだよぉ……」

「僕は君が元気か確認したいだけさ。せっかく君に会いに来たのに、このまま会えないのは寂しいな」

「う……でも……」

「君がそうまでして隠す素顔に興味が出てきたな。このままだと君の顔を見る度にどんな素顔か想像してしまいそうだ」

「それはやだー!」

「なら少しだけ顔見せてよ」

「……嫌わない?」

「そんなことで嫌う訳ないじゃん」

「……」


 少し間が空いた後、アジュが布団からそっと顔を出した。


「ほんと?」

「うん……ほんと……」


 それ以上の言葉を失い、アジュをただただぼうと見つめ続ける。

 熱により顔がいつもより赤い。療養していたためか、淡い長髪が下ろされ乱れている。そして自分を見つめる潤んだ瞳。

 普段活発な印象の彼女と打って変わった弱々しい少女の姿から、ジオはしばらく目を逸らすことができなかった。


「……」

「ジオさん?」


 彼女を前に今も鼓動が高まるということは、やはりあの妙な液体が抜け切っていないのだろう。

 そういうことにした。

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