5話 ジオの謎


 冒険者ギルドエクレアは、アサヒという実力領最強の剣士が在籍しているため、実力ある団員が集まる傾向にあり、常に成績上位のトップギルドであった。


 エクレアの建屋は大きく、幹部以上の役職に就く者は個室が割り当てられる。それ以外は男女別に大部屋で雑魚寝をすることになっていた。


 新米団員として再びエクレアに入団したジオは、薬草採取のクエストを無事終えた次の日、大部屋にて朝を迎えた。


「……寂しい」


 その部屋には自分以外誰もいなかった。



「寂しいぃぃぃいいいいい」


 ジオは半泣きで食堂に飛び込んだ。


「ねぇ寂し過ぎて死にそうなんだけど! 大部屋に僕だけってどういうこと!? 前は120人はいたよね!? 皆どこ行っちゃったの!?」


 アジュ、ルーシー、ブッチは広い食堂の隅にまとまり、仲良く朝食を摂っているところであった。

 動物団員であるシバとベヒーモスも行儀良く椅子に座って食事をしている。


 アジュがジオを見て可笑しげに笑った。


「ジオさん、おはよう。ふふふ、寝坊しちゃったのかな? 寝癖ついてるよ」

「そんなことはいい! それより早く教えてくれ!」

「わかったわかった。今から話すから、朝から大声出さないでほしいワン」


 ジオの必死な形相を気にした様子もなく、シバは淡々とした口調で語り始めた。



 ジオが昏倒して4ヶ月程経った頃、団員達の憧れの的であった団長アサヒが失踪する。

 それにより、ギルドの士気が下がりギルドの成績とランキングが一気に下降する。

 その数週間後、アサヒに憧れを抱いていたメンバーと上位であることにこだわりを持っていたメンバーが忽然と姿を消す。

 同時期に各方面にて王国直属である護衛団の団員募集が始まる。高収入、高待遇かつ王国直属という肩書きに惹かれメンバーの多くが移籍し、さらに成績不振に拍車がかかり、人がいなくなる。

 その結果、ジオが倒れて一年後には幹部と動物団員だけのカラッカラなエクレアが出来上がったのだ。



「ちょっと待て。アサヒが失踪しただけで何でそんなことになるんだよ。成績が落ちた程度がなんだよ。思い入れとかあるだろう!?」


 ルーシーが静かに付け足す。


「ジオ、この国で成績が落ちるということは身分が下がることと同義だよ。それに、あの頃の団員のほとんどがエクレアの成績とアサヒを目的に入団した者達だったからね。それがなくなったとなれば、残るのはボクらみたいな変わり者だけさ」

「そ、それじゃあ、今のエクレアのギルドランキングは」

「まぁ、最下位だよね」

「ぎゃーっ!」


 ジオは非常に焦る。エクレアの存続はジオにとって最も重要なことなのだ。それが今や成績不審で存続も危ぶまれるのである。


「一刻も早く状況を打開しないと……! 団員を募集して、クエストもなるべく報酬の高いものを優先しよう」

「資金がないのに団員の募集をするのは現実的ではないワン。あと、無駄だろうから止めはしないけど、瘴気に触れるクエストに行く時は十分に注意してほしいワン」

「それは、僕が瘴気の領域で倒れていたからか。シバは一年前の状況について何か知ってる?」


 シバは頷く。


「シバもアサヒから聞いた話だワン。ジオが発見された場所は、マザークリスタルの加護から外れた瘴気の領域で間違いないワン。その時のジオは全身の至る所に壊死があって、睫毛しょうもう反射が見られなかったと聞いていたワン」


 睫毛しょうもう反射とは、睫毛まつげを触ると瞬きをする生理的な反射のことである。それが消失するということは、中枢神経に障害がある重篤な状態であることを示す。


「つまり、僕はステージ5まで進んでいたというのか?」

「そういうことになるワン」


 信じられない思いだった。腐食症状ステージ5の意識障害からの帰還者など聞いたことがない。そもそも体の壊死が綺麗に消えているのだ。


「僕に何が起きたというんだ……」

 

 一年前に何があったのか、当時のことを振り返ろうとしてもやはり思い出せない。


「何か良からぬ気配を感じるワン。ジオ、今日はクエストに行かずに、アジュと任務に行ってきて欲しいワン」

「こんな時に?」

「こんな時だからこそ慎重に行動しなければならないワン。先日のクリスタルの加護下であるにも関わらず瘴気の魔物に遭遇した件を、南方護衛団にいるアイリスに直接伝えてほしいワン」


 アイリス、彼女は以前エクレアに所属していた女槍使いである。姿が見えないと思っていたら王国直属の護衛団に移籍していたようだ。


「それくらいなら僕らじゃなくても良くない? 別にすることもないならシバが行きなよ」

「シバにはギルドを守る任務があるワン。あと新米が団長に意見すんな」

「……御意」


 ジオは朝食食べ終えた後、アジュと共に護衛団へと向かった。



「乙」


 いつもギルドで留守番をしているシバとブッチだけとなった時、ブッチが大きな手で頭を撫でてくれる。

 ステージ5であったジオが記憶を欠落しているのは仕方がないことだ。ジオに忘れられていることについて、悲しくないと言えば嘘になる。


「別に構わないワン。ジオが忘れても、ジオがしてくれたことをシバはしっかり覚えてる」


 人間に捨てられ人間不信となっていた自分の元へ毎日のように通い、エクレアへの入団を何度も誘ってくれた少年。シバはジオが倒れる日までその手を掴むことはなかった。

 結果、ジオはたったひとりぼっちで瘴気に侵されることとなった。


「ジオ、ジオを今度こそひとりにしない。エクレアはシバが必ず守るワン」


 もう後悔しながらの日々に生きていたくはない。今度は自分からその手を掴み、そして離さないのだ。

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