2話 冒険者ギルド『エクレア』
ジオはアジュと共にエクレアの団長室に入りただただ呆然としていた。
本当は団長アサヒに復帰の挨拶をしつつ、一年前の自分が倒れた状況について話を聞くつもりだった。
だが、エクレアの団長室にいたのはアサヒではない、伏せをしながら天井を見上げているポメラニアンであった。
「犬?」
「やれやれ、いつまでこの『見事な待て』を続けさせられるのかと思っていたワン。ジオ、歓迎するワン。シバがエクレアの副団長シバだワン」
「は?」
とりあえず、ふんぞり返る犬の首根っこを掴み上げる。
「きゃんきゃん! 動物虐めは反対だワン!」
「こら、犬、机の上に乗るなんて行儀が悪いぞ! というか、エクレアの副団長は僕だろう!」
「確かに過去にはそういう時期もあったワン。だが、副団長が復帰の目処が立たない状態であるのなら、ギルドの運営のため別の者を立てるのは当然の対応だと思うのだけれど、何か違うワン?」
「うぐ……違わない……です……」
存外にシバは正論を話す。
本来動物と人間は会話はできない。
首輪に装飾されている、変換のクリスタルの魔力がそれを可能にしている。
「それじゃ、副団長じゃないなら僕が積み上げてきた功績はどうなるのさ」
「ジオは退団扱いになっているワン。なので、ギルドの功績がリセットされてるから、またゼロから功績を積んで行くことになるワン」
「ゼロから!? 冗談じゃない!」
下民出身で何の才能もなかったジオは強者達が集まるエクレアで、鍛錬と功績を積み重ねていき、努力の力で副団長まで行き着いた。
その全てを崩されようなどと易々と受け入れられるものではない。
「そうだ、アサヒ、団長はどこ? 早々に直訴したいことができたんだけど」
「アサヒはしばらく行方不明になってるワン」
「あのアサヒが? まさか魔物に……いや、アサヒに限ってそんなことは起きないか。ゴリラの森にでも帰ったんだろう」
「酷い言い草ワン。まぁ、ゴリ……アサヒのことだから、たとえ魔物の巣に迷い込んでも器用に生き抜いてきそうではあるワン」
ジオとシバはうんうんと頷き合った。
「しかし、団長が不在のままというのはどうなんだろう」
「それもそうだワン。それじゃ、アサヒが戻るまで団長の代理を置こうと思うワン」
「うん、それが良い。代理でも良いからすぐに直訴したいこともあるしね」
シバはエクレアの副団長兼団長代理となった。
「違う、そうじゃない!」
「アサヒがいない今、このギルドの最高権力を持っているのが副団長であるシバなのだけれど、ギルドの方針をシバが決めて何が悪いのか教えてほしいワン」
「うぐぐぐ……」
ジオは反論できずに唸ることしかできない。実力領フリューゲルは実力主義の思想が根付いている。成果を上げた者が全てなのだ。
「文句があるなら実力領らしく、シバ以上の功績を上げて団長の座を奪ってみせればいいワン」
「……上等だよ。直ぐにその団長の座を奪ってあげる。後で吠え面かいても知らないから」
「わんわんうるさい負け犬だワン」
ジオとシバの間で盛大な火花が散った。
「人手は多いに越したことはない。クエストに行くよ、アジュ」
「えっ、ジオさんが私を誘ってくれるの?」
「そうだよ。早く行こう」
「はいっ」
アジュを連れて団長室を出ようとした時、シバに「待てワン」と声をかけられた。
「なに、犬じゃないんだけど」
「他の団員も連れて行ってほしいワン」
「そんなことか。いいよ。連れてきなよ」
シバが連れてきたのは桃色の子豚であった。
「ベヒーモスでござる。よろしくお願い致し申す」
「……よろしく」
子豚がプピプピと嬉しそうに鳴きながら、足に擦り寄ってくる。暖かいものが好きなようだ。
「犬といい豚といい、エクレアはいつから動物園になってしまったんだ……」
「シバ達みたいな動物にしかできないこともあると思うから、これからクエストに行く時は最低一匹は連れて行くようにしてほしいワン。じゃ、シバはギルドで仕事してるから、皆は頑張って働いてくるワン」
「シバの仕事って何さ」
シバが再び伏せのまま天井を見上げたポーズを取る。
「無論、この『見事な待て』でギルドを守ることだワン!」
団長室から退室した後、ジオは苛立ちに震えていた。
シバがうざい。そもそも、何故あんな犬が今まで副団長に就くことができていたのか。シバはジオが副団長だった頃にはいなかったため、この一年以内に功績を上げ急速に昇格したことになる。
「あんな犬に負けてたまるか……!」
ジオはアジュとベヒーモス(豚)と共に南部の3つの街のクエストをまとめている『南方ギルド集会所』へと向かった。
クエストとは素材探しなどの庶務的なものから、護衛や魔物退治など多種多様である。危険なもの程、その労力に見合う高額な報酬がもらえるものとなっている。
ギルド集会所は王国直営で、クエストの受注や報酬の支払いを請け負う機関であった。
ジオ達は南方ギルド集会所にてクエスト掲示板を眺める。掲示板には各街の住民からの依頼がクエストとして張り出されていた。
「さて、どのクエストにしようか」
「拙者はどれでも良いでござる」
「私鈍臭いから簡単なのがいいな」
確かに、まだ新米であるアジュや子豚を危険な任務に連れ回すわけにはいかない。
「それじゃ、道具屋からのクエスト『薬草採取』はどう?」
「それなら大丈夫だと思う」
薬草採取のクエストを受注し、ジオ達は人里離れた森へと向かった。
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