1章 ジオ編 異変の始まり
1話 ジオ
その青年、ジオが目を開けると、まず白い天井が目に入った。
「ここは……病院?」
「ジオさん?」
声がした方を向くと、信じられないといった顔で自分を凝視している見知らぬ少女がいた。淡い色の長髪が後ろで結われている。
「えっと、君は誰?」
「ジオさんが私に話しかけてくれてる?」
「あ、うん、それで君は」
「ジジジジジジオさんがわわわわわたしにににににに」
「どうしたの君大丈夫!?」
少女は「ジオさんが、ジオさんが」と狼狽えながら病室を走り去っていった。
「行ってしまったか。話しかけたのに聞こえてなかったのかな。うーん、何があったんだっけ。うまく思い出せない……」
少女が行ってしまったため、通りがかった看護婦に話を聞くことにした。
看護婦の話では、自分は意識不明の重体で一年程昏睡していたとのことである。
当初は大変危険な状態でこの国『実力領フリューゲル』の王都バベルの病院に運ばれ、懸命な治療の末、状態を安定させることができた。
それで、10日前にここ地元カタラーナの病院に転院してきたそうだ。
先程の少女はアジュと言い、ジオが転院してからは毎日のように通い、律儀にも花瓶の水を変えてくれていたとのことである。
「そうか……僕は1年もの間眠ってしまっていたのか」
それにしては筋肉が衰えていないし、体にも不調がない。
状況を確認していると、数人の足音と共にアジュが戻ってきた。
「ジオさん、お邪魔するね。エクレアに報告してきたよ」
エクレアはジオが所属していた冒険者ギルドである。ギルドは王国や住民の依頼『クエスト』をこなしたり、未開の地の発掘をしたりなど、いわば何でも屋のような組織であり、この国実力領にはたくさんのギルドが存在している。
エクレアはその中でも実力ある団員が多く、上位のギルドであった。
アジュが連れてきたのはギルドの幹部、細身の男ルーシーと大柄な男ブッチであった。
「やあ、ルー、久しぶり、でいいのかな」
「やあ、ジオ、長い旅からようやく戻ってきてくれたのだね。また君に会えてボクはとても嬉しいよ。と、いうことで君との再会を祝して一曲弾こうと思う」
ルーシーがギターを弾き始める。
ルーシーは貴族であるにも関わらず雑用の多い冒険者ギルドへ加入した変わり者だ。
本名は『ルーシー・テオラギア』という大層な貴族名であるのだが、本人は『ル』でいいよと言う。一文字ではあまりにも不憫であるため、相談の上『ルー』と呼ぶようになっている。
「乙!」
「やあ、ブッチ。乙!」
大男と力強く手を叩き合う。
ブッチは「乙」以外あまり言わない言葉足らずな男であるが、ギルドの在籍が長い重鎮で、主にギルドの雑務をこなしてくれる。
「それで、君は?」
「……」
「それで、君は?」
「あ、私?」
「うん」
「あ、えと、私はアジュです。エクレアに先月からお世話になってるの」
「そうなんだ。それじゃあまだ新米だね。よろしくね、アジュ」
新米アジュと握手を交わす。ジオはエクレアの副団長、団長はアサヒという強豪な剣士である。
ルーシーが演奏を終えた後、一変し真剣な面持ちになった。
「ジオ、気を悪くしないで聞いてほしい。本音を言うとボクはね、君は腐食症状のステージ5まで進んでいて、もう二度と目を覚さないものと思っていたよ」
ルーシーの疑問は尤もだ。腐食症状ステージ5の意識障害で昏睡していたのならば、脳や中枢機関が腐敗していたことになる。回復の余地はない。
「ジオ、君は一年前のあの日、何故かひとりでクリスタルの加護から外れた地で倒れていたと聞いたよ。何があったか思い出せるかい?」
「そうなの? 全然思い出せないな……」
「体に異常は?」
「一年間寝てたせいか記憶がまだらになっているみたいだ。それ以外は特に。実は瘴気が原因じゃなかったんじゃないかな」
「それはないよ。君が運ばれる時、アサヒもそこにいた。彼が瘴気の腐食症状を見間違えるはずがない」
「でも五体満足だよ。後遺症もないし」
腐食症状にはステージ5の『意識障害』の前に、ステージ4の『末梢から始まる肉体の壊死』という段階がある。壊死の程度によっては切断もやむを得ない。
「そんなはず……いや……ボクらで考えても答えは出ないのだろう。君が戻ってきてくれたことを今は喜ぼう。と、いうことで一曲聴いてくれたまえ。曲名は『ジオ』、君の曲さ」
ルーシーが再びギターを弾く。暗い曲調なのはどういう了見かはわからない。だが、趣味で続けているだけあり巧みである。
その日は自分が倒れてしまったことによる後処理や人手不足などで大変だっただの、憎まれ口を叩かれながらもジオは仲間達との再会を喜んだ。
転院前の王都の病院でのことは極秘とされており、病院の関係者にすらも詳細は伝わってないとのことだった。
その後、2週間ほどのリハビリを経て退院することとなった。
「悪いね、アジュ。わざわざ迎えに来てもらって、荷物まで持ってもらってさ」
「全然。ジオさんの役に立てるなら嬉しいよ」
アジュは隣を歩きつつこちらを見てにこにこしている。前方不注意により、アジュは何度も道行くオヤジの懐に突っ込んだ。
(……大丈夫か、この子)
一方向しか見えないアジュに一抹の不安を感じながら、ジオは冒険者ギルドエクレアへと向かった。
⭐︎アジュのイメージです。
https://kakuyomu.jp/users/morisuke77/news/16817330652300266398
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