双子百合短編集

霜月透乃

ちぐはぐのねぇね(ちぐはぐの鏡読了後推奨)

「私が姉でもいいと思うの」


 休日に朝から部屋で双子二人くつろいでいると、唐突に私と同じ顔をした妹の結衣がそんなことを言い出した。


「……どうした、話聞こうか?」

「なんでそうなるの……。そうじゃなくて、私たちって、生まれた日も、生まれた時間も、今まで生きてきた時間も一緒でしょ?」

「そりゃ双子だからね」

「だから、私が姉でもおかしくはないと思う」

「おかしいよ!? 色々すっ飛ばしすぎじゃない!?」


 私は理解ができずに手の裏で肩を叩いて古典的なツッコミを入れる。


「またどうしてそう唐突な……いつも私のこと『ねぇね』って呼んでるくらい生粋のお姉ちゃん子のくせに」

「私ももう高校二年生でしょ? もう少ししたら大人だし、そろそろ一人でも生きれるようにならないとと思って」

「双子同士で付き合っておいて何を言うか」


 そういうと結衣が顔を赤らめる。自分で言っておきながら私も顔が熱くなっているのが自分でもわかる。


 最近のこと。私たちはお互いに恋愛感情があることを知って……まあ色々あって、恋人になった。とはいっても姉妹の色の方が強いし、恋人なんて実感は湧かない。未だに付き合っていると自覚するたび今みたいに恥ずかしくなってしまうくらい慣れない。


 私たちが付き合うきっかけになった出来事があったのだが、そのとき結衣はお姉ちゃん子の真髄をこれでもかと爆発させており、こりゃ一生独り立ちは無理だなと理解した。それなのに今大人になるだのなんだの言っている。


「とにかく、今日一日は私が姉だから。ねぇねのこと『結愛』って呼ぶから」

「えーいきなり何……あ分かった、私に『ねぇね』って呼んで欲しいんでしょ。だからこんなことしたんでしょ」


 そういうと結衣は目線を斜め上に向ける。図星だと言っているらしい。


「はぁ……わかったよ『ねぇね』」

「……! もう一回言って」

「やだ」

「なんで! 私はねぇねだよ!?」

「もうその時点で姉の威厳微塵もないわ」



***



 休日に家でだらだらするのも飽きてきて、「それならどこか遊びに行こう。ねぇねが色んなところ連れてってあげる」と結衣……もとい「ねぇね」が言い出したので外に繰り出すこととなった。


「さてと、どこに行くかな」


 当てもなく家を飛び出したので、歩道を歩きながら目的地を考える。外は綺麗に晴れていて、遊びに行くにはそれなりにいい日だった。


「ねぇねの好きなところでいいよ」

「えーねぇね……じゃない、結愛はどこか行きたいところないの?」

「特には」


 急に家を連れ出されたのだから当然なのだけど、「ねぇね」はあからさまに肩を落とす。そのままなにやら悩みながら歩いていると、横から車の来ている道路に飛び出しそうになった。


「結衣、危ないっ!」


 私は咄嗟に結衣の腕を引っ張って、歩道に戻す。


「えっ、あ、ありがとう……」


 結衣は状況を理解すると、申し訳なさそうに落ち込んだ……かと思えば、次の瞬間には頬を膨らませて不満を示していた。


「なんでそんな嫌そうなの」

「……だって、今日は私が姉なのに、結愛が姉っぽいことするから」

「結衣が不注意だからでしょー?」

「せめて! せめて『ねぇね』って呼んでほしかった! それならまだ許せた」

「許す許さないの問題なのこれ……はいはい、わかったよ『ねぇね』」

「むー」


 適当にあしらったのがバレて、あからさまに嫌な顔をされる。これは今日はめんどくさい日だなと今になって確信した。



***



 そのあとデパートに寄って色んなところを回ったのだが、化粧品売り場に寄っては


「ねぇねにはこっちが似合うんじゃない? あ、こっちもいいよ!」


 と「ねぇね」に似合う化粧品を探したり、ファミレスに寄っては


「私がお水持ってくるね。あ、ねぇねは食べたいもの選んで。私が注文するから」


 と食べるための全てを私がこなし、本屋さんに行って買えてなかった漫画を大量に買ったときは


「ねぇね、私が持つよ。重いでしょ?」


 と私が買った全てを請け負った。


「今日は私がねぇねなのに!」


 夕方になってお出かけから帰って来て、家に着いてから「ねぇね」は大声で嘆いた。


「なんで結愛が全部先にやっちゃうの!?」

「えぇ……? 私そんな怒られることしてたかな……」

「もしかして、全部無意識……? はぁ……本物の姉って怖い」

「なんで恐怖心抱かれないといけないの。あ、ちゃんと手洗ってね」

「そういうところ!」


 私は指摘された部分がどこなのかわからず首を傾げると、「ねぇね」はぐぬぬと唸った。すると唐突に「ねぇね」は思いついたと言った感じにポンと手を叩いた。


「……あ、そうだ! ねぇ結愛、髪伸びたよね。そろそろ切りどきじゃない?」

「え? そうだけど……もしかして」

「私が切ってあげる」

「やだやだやだ、絶対にやだ!」

「なんで! ねぇねはいつも私の髪切ってくれるじゃん!」


 私は首をブンブン横に振りながらできるだけの距離を取る。結衣が髪を切るときには、床屋に行かず私がお風呂場で切っている。しかしそれは変にならないよう練習に練習を重ねてようやくいい感じにできるようになったもので、突発的にやろうとしてできるものではなかった。それに。


「結衣不器用でしょ! 絶対やったら変になる!」

「うっ……私だってできるもん。それに、ねぇねって呼んで!」


 この期に及んでそれにこだわるかと困り顔を浮かべると、「ねぇね」が近づいてきて、がしっと肩を掴まれた。


「お風呂場、行くよ」

「え、ちょっと待って、だから嫌だって! ねーえー!」



***



「あっははは! それでこうなったわけね! あー面白い」

「笑い事じゃないよ!」


 休日も仕事だったお母さんが帰ってきて、私の髪を見て爆笑している。


 私の髪を結衣が切った結果、前髪が綺麗になくなった。襟足もそれなりに不揃いなのだが、そんなのが気にならないくらいおでこがピカーンと光っている。


「なんか……ごめん……」


 横にいる結衣は罪悪感に苛まれ項垂れていて、もう「ねぇね」を続ける気力もないみたいだった。私はもう吹っ切れて、自分の前髪をどうにかすることなど考えていなかった。私は結衣の腕を絶対に逃さないためにこれでもかと力強く握る。


「……結衣、お風呂場行くよ」

「えっ? ……えっ何、ちょっと待って、ねーえー!」



***



「あっはっはっはっは! 前髪が……前髪がないのが二人……くくくっ……」

「お母さん!」


 私は報復とその他諸々のために、結衣の前髪を消滅させ、同じようにおでこをピカーンと光らせてやった。少しだけ残った良心から、襟足は綺麗に揃えてやった。それを見てお母さんはお腹を抱えて笑い転げている。


「……んもう。ねぇね、酷いことするなぁ」

「先やったのそっちでしょーが。……というか、あんまり嫌そうにしてないのなんなの」

「だって、ねぇねとお揃いだし?」


 結衣はおでこを触りながら何処と無く嬉しそうに笑う。それを見ると、今日の不満が全て消え去った。


「はぁ。やっぱり結衣は生粋のお姉ちゃん子だね」

「うん。私もそう思った」


 二人おかしくなって吹き出してしまう。顔を合わせた瞬間、お揃いのおでこがピカーンと光って目に入ってきたから。

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