狂愛

淡雪

狂愛

 私は、狂っている。多分、ずっと前から。



 私は、生まれた時から負けることが決まっていた。比較対象としての役割しかない、そんな人間。私より2年先に生まれたというだけで両親の愛を独占した彼女は、私の姉だ。たった2年だけれど、私にはその2年を超えることは絶対にできない。私は、彼女にはなれない。私がどれだけ努力しても、私だというだけで駄目な物事があるのだと、私は幼い頃から知っていた。

 ただ、私は彼女が好きだ。私とは似ても似つかない愛らしい顔立ち、細かいことを気にしない明るい性格。私に無いものを持っている、誰から見ても素敵な人が身近にいるのだから、惹かれるなという方が無理な話だ。


 私達は、よく比べられた。私は学校というものが大嫌いで、無理矢理させられる勉強というものはもっと嫌いだった。対して彼女は学校が大好きで、勉強には真面目に一生懸命に取り組んでいた。この差は一目瞭然だった。私はいつだって、だった。勤勉で人の良い姉、駄目な妹。この構図は2人のどちらかが死ぬまで崩れることは無いだろう。もしかしたら、死んだ後だって……――


 ただ、そんな駄目な私でも、人を好きになったことがある。恋愛的な意味で、だ。今思うと、私は幼かったのだ。どうしようもなく幼かった。私に気遣いを見せてくれる優しい彼――彼が、私だけに優しいはずがなかったのに。私なんかより、が良いに決まっているのに。愚かな私が彼を家に誘い、家族に友達として紹介したせいで、2人は出会った。

「ナツミのおかげで出会えたんだから、ナツミはキューピッドだよ!」

彼女は何回そう言っただろうか。人の恋心には鈍いところのある彼女は、私が彼を想っていたことなど知りもせずに何度も、何度も。幸せそうに笑って。その度、私はひりひりとした気持ちを抱えて、彼女に笑いかけなければならなかった。数十年前のこの出来事は、今でも私の胸にちくりとした痛みをもたらす。私は、思い知らされたのだ。自分が駄目な方でしかない事に。一生、彼女を超えることは出来ないという事に。もう嫌という程分かっていたのに。


 もうすぐ、彼女の結婚式がある。勿論彼との、だ。彼女は当たり前のように私を招待した。私は彼女のことが好きだ。私とは比べ物にならないくらい尊くて純粋な彼女。私の上位互換。ただ、彼の隣にいる彼女は美しくない。彼は彼女には全く相応しくないからだ。

 優しかったあの時の彼は、今ではすっかり変貌してしまっている。高校一年の秋に付き合い始めた2人は、10年経った今も一応付き合っている。しかし、いったい何回彼は浮気しただろうか――優しい彼女は、彼の浮気を咎めはするものの、結局毎回赦していた。それを、彼も分かっている。優しすぎる彼女には罰は下せないので、この私が、最も相応しいこの私が、代わりに罰を下すことにした。



 そう、私が彼を殺すのだ。彼を殺すことのみが目的であり、逃げ隠れすることなど必要ないので、至って簡単に行える。包丁を持って行ってグサッと刺すだけ。きっと式場は大狂乱に陥り、血に塗れた私と、彼女だけが静かに見つめ合う。なんて素敵な時間になるだろうか。きっと、私の人生で1番尊い時間になるに違いない。警察に行ったら、なんと供述しようか? 彼女は、私を褒めてくれるだろうか。

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