第4話

 学生の時、そうしたようにグラウンドを抜けて、土手に上る。


 青々と茂る芝生を踏みつけ、土手から夕日のさす校舎を眺めた。

 そして、二人で並んで土手を歩き始める。


 この土手をまっすぐと進めば、三十分ほどで駅に着く。


 卒業したあの頃からちっとも変わらぬ土手。

 私たちは黙って歩いた。


 高校生のとき藤吉さんと二人で帰った記憶はないのに懐かしいのはなぜだろう。


 私はパーカーのポケットから煙草の箱を取り出す。そして、口に煙草を咥えると、ジーパンのポケットをまさぐってライターを取り出し火をつけた。


「そういえば里香ちゃん、部活中よく洗濯機の陰に隠れて煙草吸ってたよね」


 びっくりして、少し後ろを歩いていた彼女の方へ振り返る。危うく火のついた煙草を落としそうになった。


「バレてたんだ」

「うん。里香ちゃんのことよく見てたから」


 私がもし男だったら「コイツ俺のこと好きだったのか!?」と勘違いしているかもしれない。


 だが、残念ながら女である私は彼女のそんな言葉に騙されたりはしない。

 軽く笑って受け流すと私は視線を土手の先の利根川に移した。


 日本一幅の広い川の水面は穏やかでわずかに揺れるだけだ。そのわずかな揺らめきにオレンジ色の夕日が反射する。


 立ち止まって川のほうを見ていると、藤吉さんは「ちょっと座ろうよ」と言った。


 ミニスカートをものともせず彼女は草の上に座る。ギャルは思いっきりがいいなぁと感心して、私も彼女の横に座った。


「私、この前ね。武田くんに会ったよ」


 卒業して7年も経つのに連絡を取り合っていたのかとビックリしたが、特に顔には出さなかった。


 藤吉さんは近くの草をむしっては投げながら話を続けた。


「二人で会ったの。お酒でも飲みいこうよって誘われて」


 私は彼女の話に「へぇ」とか「ふーん」とか相槌をうって答えた。

 あの坊主頭でシャイだった武田くんも大人になったんだなぁと、少し寂しくなる。


「で、飲んでたら、電車なくなっちゃって、ラブホに泊まったの」


 さすがに噴いた。煙草が草の中に落ちる。草が焦げた。


「……いや、なんとゆーか、なんともすごいね」


 落ちた煙草を拾い上げ、土に押し付けて消しながら、藤吉さんの方を向く。


 彼女は私をまっすぐに見返した。なんだか怒っている表情だった。


 夕日に照らされる彼女の顔。グロスをたっぷり塗った唇がいつもとは違い一文字に結んであった。



 ああ。これは彼女の仕返しなのだ。


 その唇を見て私は悟った。


 鈍感で自分勝手な私は、あの夏二人のことを傷つけたのだ。


 あの夏、洗濯機のそばで私は煙草を吸い、そして武田くんと会話をしていた。

 彼女は私をよく見ていたのではなく、彼を見ていたのだ。


 私は初めて藤吉さんが可愛いと思った。


 モテを意識した格好をして、とても異性に気を遣う彼女のことを心のどこかでバカにしていた。

 だが、きっと彼女に好かれ、彼女にこんな顔をさせる男は幸せに違いない。


 なぜなら彼女は真摯しんしにその相手のためにおしゃれをして、優しい女性となるための努力を惜しまないのだから。


「そういえば私、武田くんとキスもしてないや」


 ふと、思い出して呟く。


 藤吉さんの顔が少し明るくなった。

 優越感で少しでも私への負の感情が癒えるのならば、それに越したことはない。


 そして、彼女は一人でなんだか納得した様子で頷いた。


 そのあと、どちらからともなく立ち上がると、無言で家路につく。

 ずっと無言だったが、その時の藤吉さんはなんだか輝いていて、とても可愛かった。




 彼女の中で何があったかはわからない。でも、私は勝手に想像を膨らませる。


 それは途中で電車の心地よい揺れの中で夢に変わった。




 坊主頭でユニホームを着た武田くんと制服で髪の毛の黒い藤吉さんが手をつないで、土手を歩いて帰る。


 そして、二人は土手でキスをする。


 きらきら。きらきら。


 電車は利根川を越えてゆく。


 きらきら光る。オレンジのきらめきの上を越えてゆく。



(完)

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※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

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土手と煙草とキス 笹 慎 @sasa_makoto_2022

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