第3話
ブーブーブー。
記憶の大海原から現実に引き戻される。
また着信。今日は電話がよくかかってくる。
しかもディスプレイを見て、私はひっくり返りそうになった。
『藤吉佳代子』
そんな馬鹿な。部活を辞めて以来、かけたこともかかってきたこともない。
だが、冷静に考えれば簡単な話だ。
彼女も高校生から携帯電話の番号が変わってない鳥山先生のいうところの律義者なのだ。きっと藤田先生の話を鳥山先生から聞いたのだろう。
「はい。もしもし」
「あ。久しぶり。藤吉です。覚えてる?」
「久しぶり。びっくりした。藤吉さんは元気してる?」
私は、しどろもどろにそう返答した。
藤吉さんは記憶の中よりも少し声が低くなっていたが、七年も経つので記憶違いか、成長か。
予想通り、藤田先生の話だった。何人か野球部の子に電話したが繋がったのは私を含めて四人だけだったらしい。
「………でね、里香ちゃんって土曜日は仕事休みの人? 学校行かない?」
は? あんまり話をちゃんと聞いてなかった私は、彼女の申し出を理解するのに少し時間がかかった。
土曜日は明日。明日は暇だ。
だが、貴重な休日を苦手な藤吉さんと過ごす。なんの修行だ。無理、無理。
そう冷静に頭が判断しかけた矢先、さっきのノスタルジックな夏の部活の思い出が頭をもたげた。
夏の暑い夕方。ガタガタと鳴る洗濯機。グラウンドの土の香り。部室のなんとも言えないすえた臭い。武田くんの坊主頭。なびく草。
そして、懲りずに土手で吸った煙草の煙。
そういえばグラウンドの芝生を手入れしていたのは藤田先生だったなぁ。
たまには母校に帰るのも悪くないかもしれない。
普段じゃ絶対に思わないようなことを思いついた自分に驚きながら、藤吉さんに「いいよ」と告げて、私は電話を切った。
◇◇◇
その日、私は夢を見た。
土手で夕日をバックに武田くんと寄り添いながら座ってキスをしていた。彼は野球のユニホームを着ていて高校生のままだったが、私は市役所の事務員の制服を着ていた。
彼が恥ずかしそうに坊主頭をかいて、はにかんだところで私は目を覚ました。
◇◇◇
JR常磐線。K駅。東の渋谷の異名を持つ。土曜日のK駅は、若者達で埋め尽くされている。
人ごみが苦手な私は、緑の窓口の前で音楽プレーヤーをいじりながら、すでにかなりの後悔の念に襲われつつ藤吉さんを待っていた。
「ごめんね!」
そういって約束の時間十五分遅れで彼女は現れた。
茶色い長い巻き髪。デニムのミニスカート。黒のロングブーツ。ピンクのタートルネックのセーター。白いロングカーディガン(フードにファー付)。アクセサリーは大ぶりのゴールド。カバンはグッチ。そしてやっぱりアイラインはばっちりでマスカラは相変わらずキレイにセパレイト。
ちなみに私の格好は、安物のジーンズに、安物の白のロングTシャツ、そして安物の黒のパーカーをひっかけてきただけで、頭は半年前にかけたパーマが芸術的うねりを醸し出しているのを無理矢理キャップで封印し、ふちの太いメガネでスッピンに彩りを添えるという、かなり攻めた格好である。
挨拶もそこそこに私たちは常磐線に乗った。(もはや私は逃げ出したくて仕方がなかったが)
電車内で彼女は嬉しそうに色々と思い出話をする。
うちの学年の誰々さんが結婚したとか、はたまた誰々くんは有名な銀行に勤めているだとか、そんな話。
私はちっともその子達の顔が思い出せなかった。
そうこうしているうちに、母校の最寄り駅に着いた。二十分ほど歩くと母校到着。
相も変わらず左手に利根川。青々と草が茂る堤防を従え、真っ白な校舎がそびえたっている。変な塔みたいなのが増築されているが、概ね通っていた時同様の変な学校のままだった。
校門から中に入り、キョロキョロとグラウンドなどを見渡す。部活をやっている生徒はいなかった。
用務員さんが花壇を手入れしていたので声をかけた。
「すいません。卒業生なんですけど、今日って人いないですね。先生たちもいないんですか?」
用務員のおじさんはびっくりしたようにふり返ると、私たちを見た。
正確には藤吉さんのミニスカートからのぞく太ももあたりを見た。
「え? ああ。来週からテスト週間だから今日は生徒たちは学校来ちゃいけないし、先生たちもほとんど来てないよ」
たまにやる気をだして行動してみれば、この仕打ち。
やっぱり家で寝てれば良かった。
なんだかこのためにセパレイトされた藤吉さんのまつ毛まで不憫になった。
藤吉さんを見ると、フゥとため息をついている。
「せっかく来たのに残念だね…」
ぽってりとグロスがついたピンクの唇がそう残念そうに動いた。
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この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません
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