第16話『紡がれた歴史』

 魔物を統べ、かつて人類を脅かした魔族の王。

 いわゆる魔王が、冒険者に討ち取られたのは700年前の話。

 魔物の活動も消極的になり、人類の文明は大きく発展した。


 魔王を討ち取った冒険者は、のちに勇者と呼ばれ語り継がれる。勇者と呼ばれる者のひとりが、紅蓮の炎をあやつる魔女だった。


 それにより魔法の存在はさらに人々に受け入れられ浸透し、今では魔法使いでなくとも何処かしらで魔法を頼り生きる時代になっている。


 さらに遡ると、魔物や魔王を打ち取ることを目的にギルドという大きな組織が結成され、有志の冒険者たちが集まり始めた時代に『魔法使い』という区分が生まれた。


 この頃の魔法といえば、剣を振るわぬ者が魔物を殺すためのひとつの手段と認知されているほどのものだった。


 そして、それよりも昔になると魔法は一部の賢者が扱う奇術とされていた。

 その賢者の中でも、干ばつによる貧困や自然の災害に見舞われた村を周り村を救う魔法を授けて回っていたのが



 彼の功績は後にも続き、魔女狩りという悪習によって植え付けられていた魔法への悪印象やそれに伴う差別を払拭するのに大きく貢献した。

 その中でも彼の最も大きな功績は、後に数多くの魔女や魔法使いを産むこととなった魔女たちの夢の舞台。


「それが、魔女競技だ。彼、ニコラス・リートンが制定し、各地に競技場の結界を貼り、魔女協会を設立した。魔女競技は多くの魔女が魔法に触れる最初のきっかけを今もなお作り続けている」


 教師バニスは椅子に腰掛け、書物を開いて生徒ふたりに魔法の歴史を説いた。

 メアリーはその話を興味津々といった様子でその話を聞いていたけれども、もうひとりの生徒は頬杖をつきながら退屈そうに話を聞き流している。


 しかし教師バニスは、こう言った問題児の相手を今までにも何度も経験している。


 長い歴史の話に興味が出ないのは、教師の立場とはいえバニスにも理解できることだ。

 そんな冷えきった生徒の心を、もちろん魔法の話に興味津々な生徒の心をも掴む秘策がバニスにはあった。


「まあそういう訳だ、魔女競技には深い歴史とこれからも続く未来がある」


 歴史の話から、魔女なら大抵の人が食いつく魔女競技の話に話題を変えた。

 バニスの話に、先程まで上の空だった生徒アリスタも魔女競技という言葉にそそられたのか頬杖は以前と着いているものの正面を向いていた。


「近々、そんな魔女競技の未来の種が見られる大会があるんだが、知ってるか?」

「デビュー戦かの」


 バニスの問いかけに答えたのは、思惑通りアリスタだった。

 面倒くさそうな態度に変わりはないけれども、先程よりも興味は持ってくれたらしいアリスタはついには頬杖を着くのをやめてバニスの次の言葉を待つように見ている。


「その通りだ、もし興味があるなら、見学……ぶっちゃけた話、授業として観戦に行けるが、どうだ?興味はあるか?」


 これまでこの提案に乗ってこなかった生徒はいない、バニスの秘策というのがこれなのだ。

 魔女競技を嫌いな魔女などいない、少なくともバニスの経験上は。

 今回もそれは例外ではなく、生徒ふたりの反応を見るかぎり好感触だった。


「ふむ」

「あります!すっごくあります!」


 元気よく手を挙げるメアリーをみて、アリスタは深く頷いた。


「……仕方ない、若者に付き合ってやるかの」


 二人の意見が一致したことにより、魔女競技の見学が決まった。

 今回の問題児は問題と言うほどひねくれている訳でも無く、根は素直な生徒たちのようだ。そう思うと、バニスの気が少し軽くなった。


「よし、今はデビュー戦のシーズンだからな、明日の分のチケットを取っておこう」


 秘策が上手くいったことに安堵しながら、調子よくそう伝えたバニスの目に入ったのは露骨に残念そうな顔をするメアリーの姿だった。


「今日じゃないんだ……」

「午前試合のチケット販売はもう終わってるからな、仕方ないんだよ……」


 落ち込み悲しそうにつぶやくメアリーを見かねたアリスタは、小さくため息をついた。そして、バニスに詰めるように問いかける。


「午後の部があるのだろう?」

「そんなに見たいのか…思ってたより食いついて嬉しいといえば嬉しいんだが」


 午前のチケットはもう間に合わないというか、チケットは既に売っていないだろう。とはいえ、午後のチケットがまだ売り切れていないかも怪しいものだった。


 しかし、ここまで興味を持ってくれたのならその期待に応えたいというのがバニスの教師心なのだ。


「ね、スター、午後にもあるの?」

「うむ、今日の午後の試合はすごいのだぞ、頂上戦王者、アイリウス・ヴァルテリナの娘のデビュー選だからの」


 その言葉を聞いて、メアリーは眉をひそめた。

 最近どこかで聞いた気がするものの、メアリー自身は知らない人の名前なのだ。どこかで聞いたことがあるのに思い出せずメアリーは歯痒さをおぼえた。


「……なんだか聞いたことのある名前」

「それはそうであろう、魔女競技の最高到達点、その大会のチャンピオンの名を知らぬ者は居るまい」


 生徒たちが、魔女競技について盛り上がっている。

 そのうえ午後の試合は確かに、新たな王者のデビュー戦、その歴史的な瞬間が生まれる試合になるかもしれない。

 そうバニスは考えて、決意した。


「……よし、分かった。チケットが完売してないか見てこよう、それまで休憩時間だ、自由にしてていいがあまりここの辺りから離れないように」


 そう言い残すと、バニスはその森を後にした。

 机と椅子、書物、それから生徒2人をこんな森にそのまま置き去りにして。


 しかし当の本人たちは、全く気にしていない様子で特にメアリーは魔女競技を見られるということに興奮が収まらない様子。


「なんだか、ワクワクしてきたわ」

「完売してないといいのう」


 そんなメアリーを、アリスタは子供を見るような目で見守っていた。

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